2009/11/21

日本企業での長期療養と雇用保険

スコットランド人・エクスパットのルーニーは、日本の会社でのお休み(つまり有給休暇)には、病気のときには使わなくても良い、と本気で信じていたものだ。

あるとき、

「日本人はなぜ年次有給休暇を全部使い切らないのか?」

というエクスパットらしい質問を受けて、僕はこのように答えた。

「病気になったときのためにという意識もあって、年次有給休暇を少し取っておくのが普通だ。」

するとエクスパットのルーニーは、マジな顔をしてこう言ったのだ。

「病気のときには、有給休暇は使わないだろう!?」

日本の会社は人事制度が欧州企業とは違うのである。

ところで、先日ビジターとしてやってきたフランスで働く英国人Rと上のような同じ会話を行ったところ、英国人Rはこんなことを言い出した。

「フランスでは病気で仕事ができなくなると国の保険でお金が支払われる。

 だから、休暇も使い切る。

 日本では病気で会社に出てこられなくなったら、どうなるのか?」


そこで、僕は以前に日本企業にいたころに、病気で長期に出勤できなくなった先輩のことを思い出しながら答えた。

「最初は有給休暇を使い切って・・・それから大企業だと人事がいろいろしてくれて、しばらくは給料がでるけど、あまりに長期になると、給料も出なくなる。。。かな!?」

「そうか、フランスではさっき言ったように国の保険があるから大丈夫だ。」

「・・・・・」

この会話、どうも何かがひっかかる・・・・。

翌日になってようやく、僕は英国人Rとは話の前提があっていないのではないかと思い始めた。

(フランスで病気になって、長期にわたって働けない場合にでる国の保険、っていうのは失業を前提にしているんじゃないか?)

もしそうなら、日本にも国の制度として「雇用保険」がある。

となると、英国人Rとの間で、話の前提が合わなかった内容というのは、

「日本では給料が出なくなるほどの長期療養になっても、必ずしも会社をクビにならない」

ということなのだろう。



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2009/11/19

人格から技能を切りだしてしまうスキル

外資の関係者でキャリアの話をしていると、すぐに「スキル」っていう単語が出てくる。

こういう場合の「スキル」っていうのは、当然、英語の"Skill"であり、何らかの技能のことなのだが、どうも通常の日本語でいうところの「技能」とは、どうもニュアンスが違う。

日本語で「技能」っていうとそれこそ特殊な技術、特になかなか取得できない資格なんかを思い浮かべてしまうのだが、外資系キャリアを語るときの「スキル」にはもっといろいろ広く含まれる。

この差を表すために古風な日本企業での会話と、外資な会話とを並べてみる。

例えばこんな感じ。

1.職場の同僚とうまくやっていけない場合

 日本の会話
  「対人関係がダメ」

 外資な会話
  「コミュニケーション・スキルが足りない」

2.部下とうまくやっていけない場合

 日本の会話
  「部下を使えない」

 外資な会話
  「コーチング・スキルが足りない」

表現方法が違うだけと言われるかもしれないが、実はこの差は意識の上では大きい。

コンセプトとして、「スキル」というのは単なる習得可能な技能に過ぎないから、

「×××・スキルが足りない」

と自己認識しても何ら恥ずべきことではなく、むしろ、次のキャリア・アップのステップとして、

 「△△△・スキルの研修(トレーニング)を受けようと思います」

というとっても前向きな展開を堂々と語ることができるのである。

つまり、「スキル」っていう魔法の言葉を使うことで、仕事に必要な技能のみを切りだして、自分の人格から区分して考えられるようになるわけだ。

職場の人間関係がうまくいかないと思われている方は、まず、「コミュニケーション・スキルが足りない」と自分に言い聞かせてみましょう。

そこでついつい自分で、

「そんなの屁理屈だ!!」

と切って捨ててしまうのは実は日本人的発想なのではないかと思うし、それに屁理屈で前向きになれるのなら、それで良いではなかろうか?

ガイジンと屁理屈についてはこちらも
 フランス料理は「ばっかり食べ」か?



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2009/11/17

フランスの給食はまずいか?(その2)

前回、フランス人を相手に給食はまずいかというアンケートを行ったときの結果を説明した。

でも、アンケートの結果にかかわらず、僕自身はおそらく「フランスの給食はまずくない」と解釈している。

なぜか?

全くの偶然だが、当時、僕は日本の会社の寮に住んでおり(現地妻のジハードと同時期の話)、たまたま寮委員なるものをやらされていた。

そして、あるときにある寮生から

「寮食堂(の料理)がまずい」

というクレームが出たため、僕を含めた寮委員3人で寮食堂の改善を目的として

「寮食堂はまずいか?」

というアンケートを行ったことがあったのだ。寮生70人にアンケートを配って回収した。

その結果

・寮食堂がまずい

と回答した人がほとんど。

一部に、

・寮食堂で食べていない

という者もいた。ここまではフランスの給食とほぼ同じ結果。

さて、寮食堂のアンケートでは食事の改善をしないといけなかったので、まずいと回答した人には、改善すべき内容を明記してもらった。その内容を列挙するとこんな感じだった。

・もっと肉を増やしてほしい

・味が薄い。もっと塩味を濃くしてほしい。

・朝食のおかずが不要に多すぎる

・塩味が濃すぎる。特に味噌汁が煮詰まっている。

・魚料理の回数を増やしてほしい。肉料理の比率が高すぎる。

・朝食には卵くらいつけてほしい


などなど・・・・

開封・集計しながら、僕ら寮委員3人は頭を抱えた。

『まずい寮食堂』の改善のために、100円くらい値段がアップしても良いという点には見事にコンセンサスを得られたのだが、何をどう「改善」するのかについては、矛盾する逆方向の提案が次々と発見され、味覚の面では、何一つ「これを改善すれば全員納得」という点が見出せなかったのだ。


結論;

人が、給食や寮食堂など強制的に食べざるを得ない料理について『美味しくない』と言う場合、それは『味が悪い』のではなく、おそらく『自分の家と味が違う』、ということを意味するに違いないのである。





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