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2010/03/03

たたき上げ副社長の語る『経営の本質』とは?

今は昔、日本企業にいたころ会社で『デキルが人望がない』という評価のあった老副社長がいた。

あるとき、そのたたき上げ老副社長が何かの会議で皆に教えるようにしみじみと語ったことがあった。

「キミ、『経営』というものはねぇ~・・・プライオリティーの問題だと思うんだ。」

なぜかこの言葉は、当時の僕にはとても印象に残るものとなり、このセリフはその場でそのまま僕の胸にしまわれた。

しか~し。今思い起こしてみてこのセリフを聞くと、こう感じるのだ。

「そんなの、あったりまえじゃん。」

外資で、経営陣としてやってくる人のジョブ・ディスクリプション(職務記述書)に記載されているはずのロール(役割)はズバリ、経営資源(リソース)配分のプライオリティーを決めることである。

「会社の経営者の行う役割は、人・モノ・金の経営資源を何に使うのかというプライオリティーを決定すること。」

これは欧米人から見ると、教科書に書いてあるレベルの自明のこと。

たたき上げ老副社長が数十年の努力の末に掴んだ『経営の本質』とは、経営学の教科書に書いてあるごくごく当たり前のことに過ぎなかったのだ。



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2010/02/01

ケーキを買う経理課長

日本企業にいたころAさんという経理課長がいた。そのAさんがよく語る一つ話にこんなものがあった。


ある日の夕方、Aさんは社長に呼ばれ、

「おい、ケーキを買ってきてくれ」

と言いつかった。

そこでAさん、会社から最も近くでケーキを売っていると思われる近所のデパートに向かった。

ところがデパートの前についてみると、すでに閉店時間すぎのため、入口には警備員さんが立っており、残っている最後の客が出て行くのを待っている状態。

普通ならここであきらめるところだが、社長から直々に「ケーキを買ってこい」と指示されたAさん、

「ちょっと失礼!!緊急なんです!!」

と警備員を振り切って店内に突入。

地下食料品売り場に階段を走って降り、ケーキ屋に行くと、女性店員さんが店じまいのために布カバーを掛けようとしているところ。

「すみません!! 緊急でどうしてもケーキが必要なんです!!」

かくて閉店時間を過ぎたデパートからケーキを買い、無事に社長に届けたそうな。


この話はこれで面白い話なんだが、僕としてはどうも釈然としない。

なんでかというとこの話が、どうもある種の、武勇伝や、美談、自慢話のように聞こえるからだ。

そもそも目的不明のケーキを社長に言われたからといって、ここまで無理をして買ってくるのは、公私混同のみならず、果たして「経理課長」が能力を発揮して果たすべき「仕事」であるのか大変疑問だ。

とはいうものの、日本の大企業ではこうした、親分に対する子分の奉公が、それなりに効果があるのも確かなのだろう。

きっと、こんなことは僕には素ではできない・・・この会社で僕はこの先も気持ちよく働き続けられるのだろうか、そう思い始めていた。

最終的に外資に転職する2年くらい前のこと。



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2010/01/28

予定調和ができず、キレる監査役

もともと日本の会社では、監査役という役職には特別なニュアンスがあった。最近は多少変わったかもしれないが、これはみんなが当然知っていたこと。

日本企業の子会社にいたあるとき、ある人が監査役としてご本社からやってくることになった。

その人、T監査役は本社では営業をしていたひとらしい。ご本社にそのTさんを押しつけられるときに

「監査役っていうのは、処遇のためだけにあるポストじゃないんですよ」

というような、あまり美しくない会話が本社との間に行われたように聞いていた。

とは言え、ちょっと前までこれはごくフツウのことだったのだ。

子会社の監査役などというものは、サラリーマンの社内キャリアの終着駅。本人の経験能力なんて無関係に一年くらい任命し、別にその間の監査役としての働きなんてどうでも良い、という名誉職。

むしろ、逆に監査役が働くと働いただけ問題が発生し、関係者も困るので「大人な監査役」は会社の大先輩として敬意をもって扱われるかわりに、ニコニコして新聞でも広げながら特になにもせず、午後の三時を待たずに「何か用事があるから」などと言って早々に帰っていくことで、下々に迷惑をかけないのが「お約束」であったのだ。

さて、くだんのT監査役はそんなお約束を果たすべくやってきた。営業としての経験しかなかったので、着任直前に「監査役研修」なるものまで受けてきたらしい。

ところが、不幸なことに、この子会社にとって本社から降ってくる監査役は、T監査役が初めてであり、なぜか子会社の社員たちにはこの「お約束」が教育されず、新任監査役はほとんど一般社員に紹介されることさえもなかったのである。

その結果、この子会社の社員たちはT監査役のことを誰だか知らないので単に無視しつづけ、T監査役は誰からも「会社の大先輩として敬意をもって扱われ」ることなく、話しかけもしてもらえない知らない人として扱われたのだった。

それでも一応、T監査役は特になにもせず、早々に帰っていくという「大人な監査役」を演じ続けていたのだが、ニコニコ笑顔にもなれず、「オレを誰だと思っているんだ」と不満をため込んでいたらしい。

そして、そんなある日のこと。

社員に挨拶されず、全く敬ってもらえないT監査役がとうとうキレる日がやってきた!!

通りがかりの不幸な一般社員・・・・僕。 

たまたま僕が彼を監査役と知っていたこともきっと災いした。

キレた監査役は、僕に向かって命令然として怒鳴りつけた。

「監査役として、キミに指示する!!」

だいたい、監査役さんが一般社員をただ一人捕まえて、突然怒鳴りつけるなど「反則」である。

しかし、追い詰められたT監査役にとっては、会社の大先輩として敬意をもって扱ってもらえないのは、この上ない侮辱であり、もはや、下々に迷惑をかけないなどという「お約束」を果たす義務もなくなってしまったのであろう。

思うに、もう一世代前のおじい様たちは予定調和から多少外れても大人な対応ができる器があったのだが、最近のおエライさん世代は小粒になりすぎて、そんな能力・余力がなくなっているような気がしてならない。



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2009/11/17

フランスの給食はまずいか?(その2)

前回、フランス人を相手に給食はまずいかというアンケートを行ったときの結果を説明した。

でも、アンケートの結果にかかわらず、僕自身はおそらく「フランスの給食はまずくない」と解釈している。

なぜか?

全くの偶然だが、当時、僕は日本の会社の寮に住んでおり(現地妻のジハードと同時期の話)、たまたま寮委員なるものをやらされていた。

そして、あるときにある寮生から

「寮食堂(の料理)がまずい」

というクレームが出たため、僕を含めた寮委員3人で寮食堂の改善を目的として

「寮食堂はまずいか?」

というアンケートを行ったことがあったのだ。寮生70人にアンケートを配って回収した。

その結果

・寮食堂がまずい

と回答した人がほとんど。

一部に、

・寮食堂で食べていない

という者もいた。ここまではフランスの給食とほぼ同じ結果。

さて、寮食堂のアンケートでは食事の改善をしないといけなかったので、まずいと回答した人には、改善すべき内容を明記してもらった。その内容を列挙するとこんな感じだった。

・もっと肉を増やしてほしい

・味が薄い。もっと塩味を濃くしてほしい。

・朝食のおかずが不要に多すぎる

・塩味が濃すぎる。特に味噌汁が煮詰まっている。

・魚料理の回数を増やしてほしい。肉料理の比率が高すぎる。

・朝食には卵くらいつけてほしい


などなど・・・・

開封・集計しながら、僕ら寮委員3人は頭を抱えた。

『まずい寮食堂』の改善のために、100円くらい値段がアップしても良いという点には見事にコンセンサスを得られたのだが、何をどう「改善」するのかについては、矛盾する逆方向の提案が次々と発見され、味覚の面では、何一つ「これを改善すれば全員納得」という点が見出せなかったのだ。


結論;

人が、給食や寮食堂など強制的に食べざるを得ない料理について『美味しくない』と言う場合、それは『味が悪い』のではなく、おそらく『自分の家と味が違う』、ということを意味するに違いないのである。





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2009/07/18

高速道路を美しく

シューカツをしていたころ、僕は一度、ある高速道路に関係するお役所の面接を受けたことがある。

面接には、僕のほかにもう一人やや小太りの黒ぶちめがねの濃い男〔以下、勝手に「ツタ男」と呼ぶ〕が来ていた。

さて、面接室には、ツタ男と僕の二人が同時に呼ばれて入り、中には若くてシャープな感じの面接官の男性が一人いた。

面接官殿はまず書類を見ながら、ツタ男の面接をはじめた。

「なるほど、東京大学で、△△文学をご専攻されているんですね。」

ツタ男がたどたどしく答えた。

「・・・はい。そうです。」

「ところで、高速道路についてどんなイメージをもっていますか?」

すると、ツタ男はちょっと考え、そして不器用そうにこう言った。

「高速道路は・・・、醜いと思うんです。。。」

この男、とても世間ズレしていないか、そうでなかったら余程の大物に違いない。
高速道路関連の仕事をしようと応募して、その面接に来ている学生は、普通はこんなコメントはしないに違いない。

それとも、絶対に落とされない東大の自信がなさるワザか?

面接官殿はまったく表情を変えずに質問を続けた。

「醜い、それはどういう意味ですか?」

「えー・・・・、街の中に、コンクリートの高速道路がむき出しで走っている、というのは全然美しくない、と思うんです。」

「なるほど・・・。その『醜い高速道路』について、あなただったら、どのように変えたいと思いますか?」

彼はちょっと天井を見て考えながら答えた。

「あのー、えーとですね。私だったら・・・・、

 例えば、高速道路には、一面にツタを這わせたりしてですね、少しでも美しくしたいと思うんです。」


横から聞いていて僕は、高速道路にツタを這わせたら、錆びたり、根っこがコンクリートにひびを入れたりして、問題になるに違いないと考えたが、ツタ男の頭の中には「美」という絶対基準が優先しているようだった。

その後、ツタ男がどうなったのか知る由もないが、彼が面接に受かったのは間違いない。

だから、僕は今でも高速道路を見ると、いつの日か、あのときの男が醜いコンクリートにツタを這わせて美化してくれるに違いないと、心待ちにしているのである。


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2009/06/24

屋上ヘリポートの恐怖

あるとき会社がビルの引っ越しをすることになった。引っ越し先は新築の高層ビル。

なぜか僕は引っ越しの担当を仰せつかり、完成間近の引っ越し先ビルの様子を見に行くことになった。

新築ビルの入り口を入ると中ではまだ内装工事がまだ続いている。

エレベータで、引っ越し先のフロアへ。

内装工事の終わった入居先フロアに一歩入るのとひときわムンと熱気が伝わってきた。

あ、暑い!!

内部を見て歩きまわると2分もたたないうちに息苦しくなってきた。

そもそもオフィスビルっていうのは、大人数がパソコンだのコピー機だのをつけて、狭い場所に折り重なって入っているのがオフィスビルであって、しかも太陽にばっちりあたる高さにあって、それがコンクリの塊なのだ。

そして、体で悟った。

「オフィスビルっていうのは、常にエアコンが回っていることを前提としているのだ。」

一瞬でも早く出たい入居先の事前確認を終わったところで、案内してくれた方がこんな申し出をしてくれた。

「屋上に非常用のヘリポートがあるんですが、こんな時しか見せられないんですが、見ます?」

うっ・・・確かに屋上ヘリポートに行った話は聞いたことがない。

「あっ、はい。見たいです。」

案内人に従い、エレベータで最上階にあがりそこからさらに非常用の階段を上り、さらに梯子を上った上に、屋上のフタがあった。

「そこのフタを下から押してください。」

ちょうど地下の土管から、マンホールを下から押し上げて、地上に出るような感じ。

明るくまぶしいフタの穴から、頭を出したとたん

ビュー

ものすごいスピードの風があたり、びっくりして頭を引っ込めた。

あたりまえかもしれない・・・高層ビルの屋上が無風のわけないのだ。

もう一度、覚悟を決めて、穴の淵を手をつかみ、胸まで出して周囲を見まわした。

やっぱりすごい風!!

これ以上体を出すと、風に体を流されて持っていかれそうである。

見まわすと、確かに平らでグレー塗装された屋上にはヘリポートを表すらしいマークが黄色で書いてある。

が、そのヘリポートの端には柵らしきものが一切ないのだ。

僕は頭の中で、この暴風の中に立ちあがったとたんに風に流されて柵のないヘリポートからあっという間に滑り落ちる恐怖の図を思い描いてしまった。

この穴から、ヘリポートの端まで10メートルくらいか・・・。

もしヘリポートの端から落ちたら、そのままビルの屋上からまっさかさまだ・・・。

いったい、もしビルが火事になったら、そんな非常事態になったら、

この暴風の屋上ヘリポートの上に、人はまっすぐに立ち止まり、

しかも上からやってくるヘリコプターに手を振ったりできるんだろうか?


結局、僕は怖くて腰までしか穴から出せず、ビルの人には適当に納得した旨、コメントして帰って行ったのだが、今でもビルの屋上ヘリポートはきっと使えないような気がならないままなのである。


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2009/06/17

羽虫の飛び交う・・・(その6)

僕は高さ約2メートル、枚数にして約80枚の牛の生皮の上にたって、Sさんが仔牛の皮をチェックするのを横で見ていた。

Sさんが、重なっている一番上の仔牛の皮を、無造作に素手でつかんでさっとめくったその時だった。

 ざわざわざわざわ・・・・

 ざわざわざわ・・・・

急に光が入ったその瞬間に、皮と皮の間に巣くっていた無数のウジ虫がうごめいたのだ。

が、Sさんの目には虫などまったく目に入らないかのようだった。

「な、裏側には毛が生えている。」

なるほど、めくって裏返った皮を見ると、ホルスタインのような白黒模様の毛がはえている。

「仔牛の方が色が薄いけど、皮としては肌理が細かい。

 比較のためにこっちも見て。」


といって、隣の山の皮をめくった。

 ざわざわざわざわ・・・・

 ざわざわざわ・・・・

「ね。やっぱり仔牛の方がいいでしょ。この下はどうなってるかな。」

 ざわざわざわざわ・・・・

「うん、いいね」

 ざわざわざわざわ・・・・

「うん」

 ざわざわざわざわ・・・・

「いいね」

 ざわざわざわざわ・・・・

「このあたりはまだ品質に問題ないね。

 常温でいいといってもさすがに数カ月するとね、ダメになってくるんだよ。」


Sさんは自分の扱う商品の品質を確認し、僕に「いいでしょ」と説明するあたりは誇らしげにさえ見えた。

羽虫が飛び交おうが、イモムシが動こうが、彼が守るべき品質には関係ないのだ。

僕は最後に事務所に戻ってSさんに言われた言葉を忘れない。

「世の中のブランド・バック好きの女、全員に見せてやりたいね。

 バックだろうか、ブーツだろうが、皮製品はすべてコレから始まる。 

 例外はない。」



おしまい

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2009/06/16

羽虫の飛び交う・・・(その5)

僕は意を決し、Sさんを追って長靴を正体不明の茶色い水たまりに踏み入れた。

パチャ、パチャ・・・

その間も頭上では、無数の羽虫たちが終わりのない旋回を続けている。

ブブゥゥーン

Sさんが手をかけて上ったあたりまで来ると、皮の山の上に立っているSさんが指をさしていった。

「はい。どうせ聞くだろうから、先にココ見て。」

どうやら牛の皮は、生きている間の姿とは反対に毛が生えている側を内側にして折りたたんで重ねるルールのようだった。

積み重なって見えている皮は肉の肌みたいで、本当の生傷のように肉の表面はしっとり濡れている。

そして、しっとりとしたその肉の肌には、一面にポツポツとあまたの黒い点々がびっしり付いている。


だいたい2センチごとについているから、しっとり生傷にまんべんなくゴマ塩を振ったような感じだ。

もっと近づいて見ると黒点は5ミリ程度の細長い棒状に見えた。

「この黒いブツブツはみーんな、虫の卵。

 さっき、常温で外気においておくって説明したよね。

 アメリカから船に積むまでに港においておく間に、こんなふうになるんだ。」


「・・・・・」

「じゃあ、上にあがってきて」

一応軍手をしているものの、このしっとりゴマ塩に手を置くのは、ちょっと、いやかなり怖い。。。

といって、そんなことも言えないし。。。。

僕はなるべく平静を装いながら、肉ゴマ塩が低くなっているところを探して、腹筋を使って手をつかずによじ登った。

「えーっと、こっちの山が、なんていうかなぁ・・・冬に取れたやつ。

 牛の皮っていうのはやっぱり、夏と冬で違っていて、冬の方が栄養を蓄えていて質がいい。

 その代わりフンがついてるけどな。」


「フンがついてる?」

「そう。牛っていうのはさ。冬は寒いから自分のフンの上に座って寝るんだ。」

「へーえ」

「それから・・・あっ、こっちは、仔牛の皮だ。

 ちょっとチェックして見てみるか・・・

 ときどきこうして見ておかないとね・・・」


つづく



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2009/06/15

羽虫の飛び交う・・・(その4)

事務所から倉庫までトラックも通れる屋外の舗装道路を約30メートル。

「こっちこっち!!」

「はい、ちょっと待ってください。」

急いで長靴の一番下まで左足をなんとかねじ込んで続いた。

扉のあいている倉庫からはすでになにやら生まれてこのかた嗅いだことのない、いいようもない独特の生臭い匂いが流れている。

Sさんは倉庫のドアの横に立ってこちらに言う。

「以前にな、Kっていう名前の取引先の課長が来たんだけどな、そいつはここから中に一歩も入れなかったんだ、あっはっはっはは!!」

声は笑っているのに、こころなしか顔はそうでもなく、僕を試しているかのようだ。

僕は促されて、倉庫の入り口から一歩、中に入って思わず息をのんだ。

「・・・・な、なんだ・・・・これは・・・」

小学校の体育館のような大きさの倉庫、その中に高さ3メートルくらいまで重ねてつまれた牛の皮。

倉庫の反対側の窓からの光でシルエットを作り、否応なく僕の目を奪ったのは頭上を飛ぶ虫だった。

牛の生皮の山の上から天井までの空間には、ものすごい数の羽虫が、大小入り乱れて、渦をつくって同時に右まわりにも、左まわりにもブブゥゥーンと何重層もの低音を響かせて、ランダムに旋回をしていた。

「う・・・・」

そして、倉庫の中に剥きだしなっている鉄骨の梁や柱には、古いのものの上に新しいのものが何重にもめぐらされたような隙間のないクモの巣と、そうしたクモの巣にかかった羽虫たち。

「・・・・・」

なにか言おうと思ったが、一言も出ない。

ふと気がつくと倉庫の中では外よりも一層、独特の匂いが強くなったが、頭上の羽虫の大群の方が気になる。

羽虫の飛び交う上を見ながら、Sさんに続いてもっと中に入ろうとした時。

「おい、上ばっかり見てないで、足元にも気をつけろよ!」

Sさんに指さされ、自分の足元を見ると茶色い色の水たまりが迫って来ていた。

水たまりを目でおっていくと、どうやら水源は牛の皮の山から来ている。

「ここの床は滑りやすいからな。」

そういいながら、Sさんは無造作につかつかと皮の山に近づいて、手をかけてひらりと皮の山に飛び乗っていた。

つづく



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2009/06/14

羽虫の飛び交う・・・(その3)

そうこうするうちに目的地に到着。車を止めて降りたSさんの後について、事務所に入る。

「ちょっとその辺にすわっててくれる。今、グッズをとってくるから。」

「はい、了解です。」

と答えて、僕はソファーにすわり、あたり見まわした。

ソファーの横には、いくつか皮革製品のサンプルらしきものがならべてある。

茶色の革の切れはしをつかんで眺めているところに、Sさんが戻ってきた。

「おい、入口に長靴を用意しておいたからな!! 白いやつ。」

「ありがとうございます。」

「あ、今つかんでいるサンプルが、いわゆる普通の『皮』だ。

 そいつを切って縫えば、ブーツでもコードでもなんでもできる。わかるな。」


「はい。」

「せっかくだから、もうちょっと見せてやろう。えーっと・・・」

そういいながら、Sさんは戸棚からビニール袋に入ったものを取り出した。

「こっちのサンプルが染める前のなめした皮、業界で『ウェット・ブルー』って呼ばれるやつだ。」

ウェット・ブルーと呼ばれた切れはしは、濃い群青色がまざったような灰色をしていて、名前のように少し湿っていた。

「染める前?・・・皮製品の茶色っていのは染めてる色なんですか?」

「そうだよ。黒の注文があれば黒に染めるし、茶色なら茶色に染める。

 注文が決まるまでは色が決まんないから、なるべくこのウェット・ブルーで置いておくわけだ。」


「ウェット・ブルーと、生の皮とはなにが違うんですか?」

「生の皮から、ゴミをとって毛を抜いて、皮革としての構造の間につまってる動物由来のコラーゲンを抜いて、その皮革構造をギュッとしっかりかためる・・・これを一言でいうと『なめす』っていうんだけど、金属であるクロムを使ってなめしおわった半製品を『ウェット・ブルー』という・・・」

「へぇー・・・」

「まあ、話は後だ。まず、ネクタイ外して、長靴はいてついてこい。」

ネクタイを外してジャンパーを羽織り、頭にはヘルメット。手に軍手。そして足には防水滑り止め仕様の長靴。

いよいよ、ウェット・ブルーになる前の、生の皮が眠る倉庫に出発。



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2009/06/13

羽虫の飛び交う・・・(その2)

話が皮を剥いだところでちょっと聞いてみた。

「その~、皮をはいだやつは冷凍してもってくるんですか?」

するとSさんはこんなことを言う。

「冷凍!? そんなことしない。常温だ。」

「じょ、常温って・・・」

「だから、皮を剥いだあと、まあちょっと塩とか振ってだな、

パレットの上に重ねておく。

で、それをそのまま常温だ。」


「パレットって、フォークリフトで持ち上げるための板ですよねぇ。」

「ああ。パレットに40枚だ」

「で、そのあとは冷凍しないで、常温・・・。

 パレットに重ねた40枚は、ラップしとくんですか?」

「いや、なんにも包まない。

 基本的に船に乗せる前も、船にのった後も外気にそのまま。」


「・・・・・」

「ま、どういうものかはもうすぐ見れるよ。はっははは・・・」

つづく



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2009/06/12

羽虫の飛び交う・・・(その1)

あるときに用事があって、牛の皮を見にいくことになった。

待ち合わせの駅につくと、現地まで案内してくれるSさんが改札口で待っていてくれた。

「あー、いらっしゃい。じゃあ、いきましょうか。」

Sさんに促され、僕は車の助手席に乗り込んだ。

「初めてなんだよね?」

「はい。」

「じゃあ、ちょっとだけ説明しとくか。」

Sさんはそういって現地に着くまでのしばらくの間、運転しながらこれから見る「牛の皮」について説明してくれた。

「今日はこれから、倉庫に行くから。

で、専用の倉庫だから全部『牛の皮』が重ねてつんである。」


「はい。」

「で、そうだなぁ・・・積んでいるやつはだいたいアメリカから輸入しているんだな。

 アメリカの真ん中では、まあたくさん、牛を飼ってる。

 牛肉用の牛もいれば、ホルスタインみたいな牛乳用とか、

 いろいろな種類があってだな・・・で、それをシカゴに集めて屠殺する。

 どうやってヤルか知ってるか?」 


「ぜんぜん」

「生きてる牛がベルトコンベアーに乗って、順番に隣の部屋から流れてくる。

 そして入ってきたところで、一気にスパッー、とヤルわけだ。」


「うわぁ~・・・・」

「で、次に皮を剥いで、あとは肉にしてわけていくわけだ。」

「へぇー、すごいですね。」

「それで、こうして剥いだ皮を日本にもってきたっていうことだな。」

つづく



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2009/05/21

通産省 探検!!

「仕事上の理由」で僕は旧・通産省というところに行ったことが何回かある。

誰でも必ず行くというところではないと思うので、一応、一般人的にはレア体験として書いてみたい。

通産省の建物に入るにはタクシー等で乗り付けて、一階の正面玄関から入る方法と、地下鉄・虎ノ門駅の直結している出口から階段を上がってそのままビル内に入ってしまう方法の二つがある。

初めて行ったときには正面玄関から入ったのだが、一番びっくりしたのは、

入り口のセキュリティーチェックが全くなかったことである。

確かにSPみたいな制服男が後ろで腕を組んで立っていたのだが、僕は何も見せずに中に入り、エレベータに乗ることができた。

ちなみに、その後何回かいくにつれ、正面玄関のみチェックがある場合や、地下鉄通路のみチェックがある場合があることが判明した。

チェックがある場合には、SPさんが建物に入っていくすべての人に

「身分証を提示してください」

と声を掛けられる。

で、僕のような人間が何を出すのかというとなんと「自分の運転免許証」を見せ、

これを見せるとSPさんはにこやかに

「どうぞ」

といって通してくれる。

こんな誰でも提示できるものを形式的に見せるチェックに何か意味があるのか、はなはだ疑問だ。

廊下やエレベータなどあちこちに案内板があり、行き先に迷うことはない。何もかもが漢字表示で建物の古さとあいまって重厚な雰囲気となっていた。

→ 大臣官房
← ××△△局 総務課
↓ ××△△局 ○○課


エレベータのx階について、行き先の部屋についた。

ドアから中を除くと、やや古くなったビルの一室に、ところ狭しと、机が並べられ、壁や天井から下がったプレートに机の配置図等が下がっていて

△△課長  
××企画官


などと表示があり、どの机にどんな担当の人が座っているのかわかるようになっている。

余談だが、××省というところでは、省の中に△△局という区分があり、それぞれの局の中では

「総務課」というところが一番格上らしい。

それはそれとして、実質的に何もチェックを受けずにこんな所まで入ってきてしまったぞ !? 

こんなのことで、いいのか? 

アポの時間まで若干まだある。待っている間に廊下を探検した。

まずはトイレだ。

よし。

これでオレも通産省トイレ経験者だ。

薄暗い廊下の右手には、やや奥まった空間があり、中をのぞくと大きなコピー機が回っている。

化粧の濃い若い女性二人がいかにもだるそうにコピー機を回しながら他愛もないうわさ話に興じていた。

なんだか執務室の古風な「男性漢字社会」とはずいぶん違った雰囲気だ。

やがて担当官様が出てきてくれ、一緒にエレベータで更に上にいき、通路を通ってまた別のエレベータに乗り、角を曲がって進んだところにある、極めて大きな会議室に通された。

天井の高い部屋の真ん中に白い清潔なカバーのかかったテーブル、そしてその周りに背の高い椅子の並んでいた。

まあ、ニュースで有識者懇談会がなんたらこうたらとかアナウンサーが言っている間に画面に出る「資料映像」とかいう感じだ。

ところで、ステレオタイプな「高級官僚」というのは、頭はいいかもしれないがどうにも傲慢で鼻持ちならないやつらっていうことになっているが、幸い担当官様はそんな人ではなかった。

でも、なんでそんな話になってるんだろうねぇ~。


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2009/05/07

シロート、特許を書く

日本企業にいたあるとき、なぜか会社の研究者数人が新商品やら新しいアイディアを練ったり、特許ネタを思いつこうといった集まりに研究者の知り合いに誘われて、なぜか参加してしまっていた。

休日に自費で旅館に集まるという殊勝なイベントである。

旅館の一室に車座になって座ったところで、研究者の取りまとめ役、Hさんがメンバー全員を紹介してから、ポストイットを配り始めた。

まずはそれぞれ個人でアイディアを考えてポストイットに書く時間。

しばらくしてそれぞれがポストイットを何枚か書いたあと、お互いに書いたものを見せながらディスカッションを始めた。

研究者のみなさんの書くものはそれぞれ具体的で、しかも実現方法のあるものばかりだ。

Hさん、ポストイットを並べなおしながら聞いてきた。

「ところで、これ気になるんですけど、どういう意味ですか?」

僕の書いたものだった。

「太陽まくら」と書いてあるやつ。

どうしようと思いながら、一応、説明してみる。

「昨日、まくらと布団と久々に干したんですけど、干した布団ってその日に限って『太陽のにおい』がするじゃないですか。布団乾燥機で乾かしたのとは違ういいにおいが。だから、布団を干さなくても太陽のにおいがするまくらがあったらほしいな、と思って。」

「うーん・・・・・」

研究者集団が一斉に真剣に考えはじめた。なんだか申し訳ない感じだ。

こっちは適当な思いつきを語っているだけなのだが、こんな、ないものねだりを一生懸命考えてくれている姿を見るのは実にこっけいだ。

結局、この日僕らは何のアイディアもちゃんとまとめられずに終わった。

でも、新しいアイディアを考えるっていうのはこんなものらしい。

何かキーワードがあって、それをスタート地点にしていろんな発想を出していく、という感じ。

約一年後、少しメンバーが入れ替わったものの僕を含む3人は、ぜんぜん違う内容でついに一件の特許出願を会社名で提出した。

すっかり忘れてしまっていたが、今でも「特許庁のデータベース」で僕の名前を発明者名に入れて検索すると、ヒットする特許公開情報が1件だけある。

専門的には、この案件は未審査請求によりみなし取り下げという扱いで終わっているのでいわゆる本当の「特許」ではない。

それでも、今にして思えること。

この1件はド素人の僕が、きっと外資ではなくて日本企業にいたからこそ達成できた、ささやかで個人的な金字塔。

外資の会社では、基本的にエクスパティーズのない人間にはこんな仕事をやらせないから、素人がこんなめちゃくちゃをやってしまえることはおそらくない。

だから、この特許出願は、僕の人生最初にしておらそく最後の特許出願だったと思うのである。



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2009/05/06

画面の机

日本企業にいたころあるとき、僕はなぜか会社の成り行きでこんなことを言われた。

「なんでもいいから特許になるようなアイディアを考えて出せ!!」

「あのー、僕は技術屋じゃありませんけど・・・」

「いいんだ。素人でもビジネス・ニーズから特許になることもあるんだ。」

無茶苦茶というか無謀とも思える内容だが、とにかく上司の指示である。

とにかく何かはやらないといけなくなったので、いろいろ考えてこういうタイトルのものを書いた。

「画面の机」

さて、このネタはそのまま特許チームに提出され、数日後、僕は、特許チームに呼び出された。

会議室の向いには、口からしゃべる内容がそのまま書面になりそうなカタイ感じの特許担当者。

「さて、この『画面の机』を提出いただいたんですが、いろいろな不明点がありまして、この内容について具体的に説明いただけませんか?」

かなり不安を感じつつ説明する。

「あのー、僕はほしいものを書いたんです。仕事で、

 いろんな書類を机の上に並べて確認していることがよくあるんですけど、

 そこで、机自体が画面になっていたら、いいなと思ったんです。

 もし、その『画面の机』があれば、その机になっている画面の中に
 
 必要な書類を表示して、それを指で指したりしながら、その画面内で

 修正をタイプできると便利だな、と。」


特許屋さんは、この話を至極まじめに聞いてくれ、そして言った。

「なるほど。

 画面は大きくて、しかも机の面になっているということは、

 どうしても一定以上の強度が必要ですね。」


「はぁ!?」

「しかも、画面ですから、当然、透明な板ということになりますね。」

「はぁ、たぶん、そういうことになりますねぇ・・・」

「一定以上の厚みのある透明な板の上から、

 その下のパソコンからの表示内容を上から指で指す、

 ということは、入射角等の問題で、

 指の位置と画面の位置がどうしてもずれてしまいますね。

 この問題をどう解決しましょう?」


そんなこと言われても知らないよぅ、と僕は思った。

画面を机にするということだけなら、大昔に喫茶店等にあったインベーダ・ゲームもそうだろうから特許担当者は指でさして修正する、という点に「新規性」を見出したのかもしれなかった。

だが、なんにしてもこの点において、「画面の机」には根本的な問題があったのだ。

そもそも特許とは、「ほしいもの」を書いてもそれはそれでいいのだが、

 いずれにしても

「それを実現する方法」を書く必要があり、

 その「実現する方法」自体が特許なのである。


僕は、単に「ほしいもの」を書いたのみだったため、このような技術的・具体的な実現方法について聞かれても全く答えられない。

あたりまえの結果として、「画面の机」はそのままボツ。

でも、10年以上経過し、「画面の机」のアイディアのうち、画面を指で指して画面上の書類を動かす、っていうところは最近iPhoneで実現した。

しかし、画面全体を机にしようという発想は、きっと僕以外の人も多数の人々が絶対思いついているに違いないのだが、そういう製品が出たという話はいまだに聞かない。

きっと、あの特許屋に言われた入射角うんぬんの技術課題が解決していないに違いない。

とにかくいつか将来、「画面の机」が完成された暁には僕はこう語るつもりだ。

「あれね、僕が考えたんだよ。実現方法以外はね。」



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2009/05/02

ビバ!! エアメール

あるときに会社のNさんという女性が僕の席まで、封筒を届けたくれながら話しかけてきた。

「なにか届いてますよ」

「ありがとう」

「そういえば、この封筒、わざわざ 『ビバ エアメール』って書いてあるんですね。

 やっぱり、エアメールってすごいんですねぇー」


「・・・・」

僕はというと、とっさに「ビバ・メヒコ」っていう曲の名前が心に浮かんだだけの頭の中がぼんやりした状況。

なので正直、あまりピンとこないまま届いた封筒を受け取り、その封筒を見た。

封筒の表には赤く、

"VIA AIR MAIL"

と書いてあった。

うーん、そういう誤解・・・。

それ以来、いつか、エアメールを書くときには

"VIVA!! Airmail"

って、大きく赤字で書いて手紙を出してやろうと思っているのだが、最近は紙で手紙を送ることなんてほとんどない。




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2009/04/22

現地妻のジハード(その7)

Uさんに電話をかけた翌日の夜、僕はすでに今までとは変わっていた。

ルルルルル

受話器をとる。

「ハロー。☆☆☆よ。」

もともと予期しているし、名乗ってくれなくても、なまった英語だけで誰だかはすぐわかる。

「こんばんは。」

「Uさんに電話してくれた?」

「はい。約束通り、私はUさんの自宅に電話しました。

 しかし、電話には誰も出ませんでした。Uさんは不在でした。」


「どういうこと?」

「ですから、いただいた電話番号に掛けてみましたが誰もでませんでした。」

彼女には、既に僕の声と態度はあきらかに昨日までとは全く違うことはわかったようだった。

そして、それが新たに『会社の手』が僕にもまわったということを意味することも。

こうして僕は日本の会社の一員として行動することを選び、数日間、電話で会話を共にした東南アジア女性を裏切った。

そして、僕はフェミニストではなくて、ただの断れない男であることを自分自身に証明した。

10日ほど後、会社ではUさんの明らかな左遷人事が発令された。

会社社員を巻き込み、身から出たサビの始末に協力させたUさんには、日本の会社の内部のケジメとしての人事が発令され、わかる人にはわかる一定の示しとともにこの事件は終了した。

その後、彼女がどうなったのかは知らない。

でも、社員がグルになって立ちはだかる日本の会社を相手に一人で戦い、そして

「正義はどこにあるの!!」

と訴えた彼女の悲痛な叫びが、心からは消えないまま僕は会社と自分自身がすっかり嫌いなっていた。


現地妻のジハード・終わり


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2009/04/21

現地妻のジハード(その6)

ルルルルルル

「はい。Uです」

電話からは、初老の男性の声がした。

ま、まさか本人!!

てっきり奥さんが電話に出ることを予測していた僕はいささかうろたえた。

「あ、あの、こんばんわ。

 □□□寮の3XX室に住んでいる者ですが、Uさんをお願いします。」

「私がUです。どうも、こんばんは」

その男性、Uさんはとても落ち着いていた。

「あのー、☆☆☆という名前の女性から毎晩のように電話が寮の私の部屋に掛かってまして、

 えーと、あのー、Uさんにどうしても用事があるので、

 なんとか電話を取り次いでほしいということで何度もお願いをされまして、

 それでー、あのー、こうしてお電話している次第なんですがぁ・・・。」

「あー、そうなんですか。それは大変ご迷惑をおかけしました。」

僕の予想に反して、Uさんの声は会社のえらい人のものとは違い、とても平らかで、優しく、僕に対する思いやりに満ちていた。

「じゃあ、きっと彼女からもいろいろと話を聞かれているんですね。

 彼女はもともと、現地に赴任しているときの僕の部下でしてね、とても優秀でした。」


なるほど、確かに彼女の話ぶりは知的だったし、実行力も実証済みだ。

「今は、職場の全員に彼女からの電話を無視してくれるようにお願いしていましてね。

 この家の方も、妻はいったん実家に帰したりして、一人で休憩をしているところなんです。」


「・・・・そうなんですか」

Uさんの声は会社での出世をすべてあきらめ、なにもかもを失って、静かに暮らしている者のみが発する落ち着ききった、不思議な優しい声だった。

「そういう状況ですから、申し訳ないがあなたにも協力していただきたいのです。

 彼女には『電話を掛けたがUは不在だった。』、必ずそう伝えて電話を切ってください。

 これは会社のオフィスを含めて、関係の出てきた全員に協力してもらっています。

 そして『電話を掛けたがUは不在だった。』という以外の情報は一切伝えないでください。

 あなたにも、ご協力いただけますね。」


仕事が出来る大部長にとって、僕みたいな入社2年目の小僧にこんな説得をするのはわけないことだったのかもしれない。

僕は心の中で、なにかがぷちっと切れてしまったのを感じた。




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2009/04/20

現地妻のジハード(その5)

暗い廊下にノックの音がひびいた。

トントン

・・・・・

トントン

・・・・・

3XX室の中からは、返事はなかった。

僕はすこしほっとしていた。

Uさんは留守なんかじゃなくて、この部屋にはしばらく来ていない、なぜかそんな風に直感した。
部屋に戻って、受話器をとってこう伝えた。

「お待たせ。

 ノックしてみたけど、返事はなかった。

 間違いなくUさんは寮の部屋にはいないよ。」


「・・・どうもありがとう。」

これを知って、彼女はどうするつもりなのだろう・・・。

「ねえ、もう一つお願いがあるの。

 あなた、東京にあるUさんの自宅に電話をしてくれない?

 Uさんの自宅は国際電話を切断設定しているけど、

日本からの国内電話はつながると思うの。」


いったい、Uさんと僕の部屋の間にいる2人は、いったい彼女からの電話にどう対応したのだろう。

なぜ、この役回りは僕なんだ?

「・・・電話して、なんていうの?」

「私の名前を言って、そして私に電話をしてくれるように伝えてほしいの。」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・僕は番号を知らない」

やっとのことで見つけた言葉はこれだった。

僕はフェミニストなのだろうか? それとも単に断れない男、か。

「番号をいうわ。メモして。XX-XXXX-XXXX。わかった?。」

「わかった。電話してみるよ。

 明日の夜またいつものように電話して来てくれる?」


「うん。ありがとう。じゃあ、また明日。」

受話器を置く。

いったい、いつから会ったこともない東南アジア女性と「じゃあ明日」なんて言うようになってしまったのか。

とにかく、さっきノックをしたこの勢いで電話をするしかない。

生暖かくなっている受話器を再び取って、メモしたばかりの番号をまわした。




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2009/04/19

現地妻のジハード(その4)

東南アジア女性と毎晩、電話で話をするようになって4日目になった。

「職場に電話をかけて、こういう話はしてないの?」

「全員、『Uさんは不在です』と一言だけで切られます。」

ということは、会社ぐるみでグルになって彼女を無視していることになる。

なんだか日本人として、とても不名誉に感じた。

彼女は会社、自宅、そして寮にも毎日、私生活を投げうって電話を掛けているのに、無視されつづけ、ようやく、たまたま電話に出た僕にまともに話を聞いてもらっている、という感じだ。

迷っている僕をよそに彼女の独白は続いた。

「私、Uさんから『日本に呼ぶから待ってて』って、言われただけなのに、なぜこんなに突然、Uさんと話もさせてもらえないんですか?」

「・・・・・」

「正義はどこにあるの!!」

「・・・・・・・・・・・

 ・・・・・・・・・あなたは正しい。」

僕はようやくこの一言を発した。

彼女の言うとおりなら、こんな妨害を会社ぐるみでやるのはおかしい。

「だから、お願い!!

 寮の3XX室に行って、中にUさんがいるのか、ノックして確かめて!!

 いるのか、いないのか、それだけでも知りたいの!!」


「・・・・・」

寮の部屋は、番号順では僕の隣から角を曲がって以降は構造上、もっと立派な部屋になっている。

僕は昼間、会社の電話帳でUさんという人がどんな役職の人か確かめていた。 

役員まではいかないが、かなりえらい人。

少なくとも入社2年目の僕には間違いなく、雲の上の人。

角を曲がったえらい人用の部屋に行って、見ず知らずのえらい人がいるのかノックをする・・・。

いつもの僕なら絶対にできない。

が、『正義はどこにあるの!!』という彼女の悲痛な叫びが僕を後戻りできなくさせていた。

「・・・・・わかった。

 3XX室に行って、ノックをして確かめてみるよ。」


「・・・ありがとう。待ってるわ。」

部屋を出て、角を曲がると 3XXのドアはすぐ目の前にあった。

ドアの前には間違いなくUさんの名前が表示されている。

やるしかない・・・・・

重たい息をはいて、僕はドアをノックした。




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