留学寮に入ったときに、部屋の契約というのがあった。あんまり内容は覚えていないが、賃貸期間と、月々の料金やその他もろもろの条件について、契約を行うことになる。
たまたまだが、この寮は短期契約も可能で、しかもホテルゾーンも同じ建物内にあったから、入居人もいろいろな人がいたのだ。
受け付け寮の管理人おにいさんに契約様式をもらって、部屋で書くことにした。
最初に部屋の中に備え付けの備品を確認。
机、椅子、机の上のランプ、引出し、ベッド、ベッドの横のランプ。なぜか部屋の天井にはランプの類がまったく無かった。
で、月額料金を確認して契約にサインをしようと思ったのだが、サインの横になにやら空欄がある。
よく見ると、その欄には契約時に既に壊れているものがある場合に記入する欄だった。
ココに最初に記入していないと、後で退去するときに僕がこわしたものとみなされて相応支払負担をせまられるのであろう。
なにか壊れているものはあるのか?
よくみると壁は平らではなく、画鋲を刺したような細かな穴がぶつぶついっぱいあいていた。これを数えて記入した。
「壁に細かい穴 162 箇所」
カーペットにも染みがある。これも数えた。
「カーペットの染み 32箇所」
穴やら、染みやらを数えるのはなかなか大変だ。念のためもう一回数えると数か合わない・・・なんどかやってみたが、何度やっても違う数となった。
が、もう書いてしまったからいいや。そう思って受け付けに戻って、契約書を提出した。
受け付けの白人のおにいさんは、僕から書類を受け取って、内容を見ると
「ふぅ~~~~~~む・・・・・・・・」
といって、しばしなにやら考えた上で、ややあきれたようにこういった。
「オーケー。わかったよ。」
めでたく、契約完了。その後、壁の穴やらカーペットの染みやらについて、何かを言われることはなく、退去時にも全く何もなかった。
今、思うに、きっとあの程度の壁の穴やら、カーペットの染みは、部屋の使用に差し障るようなものではなく、そもそもアメリカ人にとっては問題点にもならなかったんだろう。
2008/10/31
2008/10/30
検疫所は病人を守らない
あるとき、韓国のプサンに旅行に行ったときのこと。
日本に帰る少し前になって、お腹をこわしてしまい、最終日の夜は、プサンの旅人宿〔リョインスク; 韓国での一番値段レベルが低いとされる旅館のカテゴリ〕で一晩中、共用トイレに往復して、吐き下しを続けた。
しまいには、他の客がトイレについてクサイとか何とか、旅人宿のおばちゃんに文句を叫び、おばちゃんが
「日本人がなんとかかんとか」などと言い返しているのが聞こえてくるような始末。
プサンにはチャガルチという魚市場みたいなスポットがあり、昼間そこで、魚を指定してさばいてもらったのだが、その、ちょっと生っぽい料理にあたってしまったらしい。
〔チャガルチのサカナが悪いといっているわけではない。
元々お腹が弱いのだ。〕
帰りの飛行機の中でも吐き、空港についてもさっそく吐いたところで、こんなに吐き続けるのは普通ではないなどと、さすがに心配になってきて、検疫所に出す黄色い紙に体調不良ということで、嘔吐・下痢の両方にチェックをして提出した。
で、めでたく産まれて初めて検疫所へ 。
白衣の先生が出てきて聴診器も当ててくれたりしたのだが、
「じゃあ、これをもって行ってちょうだい」
ということで、別の黄色い紙をもらった。
検疫所から出ながら、その黄色い紙には
「3日以上たって、嘔吐・下痢がおさまらない場合には、
あなたは赤痢の可能性があります。
その場合には国内での伝染を防止するため、
必ずどこそこまで来てください。 検疫所」
みたいなことが書いてあった。
そして知った。
検疫所というところは、すでに病気になっている人の診断をするところではなく、まして薬もくれたりすることもなく、今はまだ病気になっていない人のためのあるものなのだと。
なにしろ、
「で、オレのこの病気はいったい何?」
という疑問にさえ答えてもらえなかったのだ。
しかたなく空港で、嘔吐・下痢止めを買ってのみ、なんとか翌々日には少し回復したが、あのときは恨みがましく強く思った;
「体調不良の人間が、検疫所に自主的に行く意味は果たしてあるのか?」
、と。
後日知ったところによると、もし、あの後で出頭して赤痢と判定されるとその場で世間から遮断された隔離病室に閉じ込められる、ということらしい。
日本に帰る少し前になって、お腹をこわしてしまい、最終日の夜は、プサンの旅人宿〔リョインスク; 韓国での一番値段レベルが低いとされる旅館のカテゴリ〕で一晩中、共用トイレに往復して、吐き下しを続けた。
しまいには、他の客がトイレについてクサイとか何とか、旅人宿のおばちゃんに文句を叫び、おばちゃんが
「日本人がなんとかかんとか」などと言い返しているのが聞こえてくるような始末。
プサンにはチャガルチという魚市場みたいなスポットがあり、昼間そこで、魚を指定してさばいてもらったのだが、その、ちょっと生っぽい料理にあたってしまったらしい。
〔チャガルチのサカナが悪いといっているわけではない。
元々お腹が弱いのだ。〕
帰りの飛行機の中でも吐き、空港についてもさっそく吐いたところで、こんなに吐き続けるのは普通ではないなどと、さすがに心配になってきて、検疫所に出す黄色い紙に体調不良ということで、嘔吐・下痢の両方にチェックをして提出した。
で、めでたく産まれて初めて検疫所へ 。
白衣の先生が出てきて聴診器も当ててくれたりしたのだが、
「じゃあ、これをもって行ってちょうだい」
ということで、別の黄色い紙をもらった。
検疫所から出ながら、その黄色い紙には
「3日以上たって、嘔吐・下痢がおさまらない場合には、
あなたは赤痢の可能性があります。
その場合には国内での伝染を防止するため、
必ずどこそこまで来てください。 検疫所」
みたいなことが書いてあった。
そして知った。
検疫所というところは、すでに病気になっている人の診断をするところではなく、まして薬もくれたりすることもなく、今はまだ病気になっていない人のためのあるものなのだと。
なにしろ、
「で、オレのこの病気はいったい何?」
という疑問にさえ答えてもらえなかったのだ。
しかたなく空港で、嘔吐・下痢止めを買ってのみ、なんとか翌々日には少し回復したが、あのときは恨みがましく強く思った;
「体調不良の人間が、検疫所に自主的に行く意味は果たしてあるのか?」
、と。
後日知ったところによると、もし、あの後で出頭して赤痢と判定されるとその場で世間から遮断された隔離病室に閉じ込められる、ということらしい。
2008/10/29
難解な飛行機の電源接続
Finnairの ボーイング MD11で、パソコンを使えるかなぁ、と思って、フィンランド人らしきスッチーさんに聞いてみた。
「パソコン使うのに、電源はある?」
「電源あるはずなんだけど、よくわからないから確認してきます。」
僕は7-8割くらい「ない」という返事を予想していた。座席の周りにそれらしきコンセントが無かったのだ。約5分くらいして、そのスッチーさんはなにやら黒いメカニックなカバンを持ってきて僕の椅子の横において、中からコードやらをいろいろ取り出した。そして、カラフルなカードを取り出して、聞いてきた。
「どのパソコンかしら?」
そのカードには各社のノート・パソコンが会社別・ブランド別に表になってのっていた。
「IBMなので、Lenovoのこれです」
僕が指差した機種の横には 「4」という番号がついていた。スッチーさんは、黒いカバンのなかから、2-3センチくらいの接続端子を20コ~30コもゾロゾロと出してきて、その中から「4」番を探し始めた。
「これが4番。ささるかしら。」
僕はパソコンを出して、電源にはめるとうまくつながった。次に、今度は黒カバンから電源コードのようなものを出して、パソコンの電源端子にはめたアタッチメントにはめ込んだ。
ここで僕はもともとの疑問を出してみた。
「でも、電源はどこにさすの?」
「ここです」
かくて椅子の横にある円形の単位を指差し、めでたく電源はつながったがあまりに部品が多すぎ、明らかにスッチーさんの手にあまるものだった。
「パソコン使うのに、電源はある?」
「電源あるはずなんだけど、よくわからないから確認してきます。」
僕は7-8割くらい「ない」という返事を予想していた。座席の周りにそれらしきコンセントが無かったのだ。約5分くらいして、そのスッチーさんはなにやら黒いメカニックなカバンを持ってきて僕の椅子の横において、中からコードやらをいろいろ取り出した。そして、カラフルなカードを取り出して、聞いてきた。
「どのパソコンかしら?」
そのカードには各社のノート・パソコンが会社別・ブランド別に表になってのっていた。
「IBMなので、Lenovoのこれです」
僕が指差した機種の横には 「4」という番号がついていた。スッチーさんは、黒いカバンのなかから、2-3センチくらいの接続端子を20コ~30コもゾロゾロと出してきて、その中から「4」番を探し始めた。
「これが4番。ささるかしら。」
僕はパソコンを出して、電源にはめるとうまくつながった。次に、今度は黒カバンから電源コードのようなものを出して、パソコンの電源端子にはめたアタッチメントにはめ込んだ。
ここで僕はもともとの疑問を出してみた。
「でも、電源はどこにさすの?」
「ここです」
かくて椅子の横にある円形の単位を指差し、めでたく電源はつながったがあまりに部品が多すぎ、明らかにスッチーさんの手にあまるものだった。
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