2008/12/03

毛沢東のヘアースタイル

あるとき、日本に来ているフランス人留学生アントワーヌと話をしていて、漢字にはそれぞれ文字別意味がある、という話になった。まあ、日本に来る外人と話をしていると良く出てくる話である。

で、お前の名前は漢字で書くとなんていう意味なの、とかいったお決まりの会話をした後に、彼は更に漢字は元々中国から来た、という持っていた知識とつなげたらしく、こんなことを聞いてきた。

「中国人の名前も同じように、文字自体に意味があるってことなのか?」

「その通り」

「じゃあ・・・・〔しばらく名前を考えるアントワーヌ〕・・・・毛沢東の名前はどういう意味?」

「毛("Mao")は、ヘアー("hair")という意味だ」

アントワーヌは突然、興味津々という感じで身を乗り出してきた。

「中国の指導者の名前は、ヘアーなのか!!」

そういって、彼は更に続けた。

「でも、その指導者の頭には、名前に反してヘアーがないじゃないか」

「・・・・・・、いや、確か、ヘアーはあったような気がするが」

「・・・・・はげてなかったか?」

「横には、ヘアーがあったように思うけど・・・、でもあまり自信がないね」

かくてなぜか、話題は毛沢東のヘアースタイルの話にうつっていったのだった。




面白いと思えたら、クリックお願いします
にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

2008/12/02

フランスではスポーツマンシップを教えない?

コンサルタントの日本人S氏は、絵にかいたような帰国子女でいらっしゃる。

しかも彼の場合は、海外での滞在地、つまり、育った場所はパリ。

人あたりもソフト、頭も良く、当然、フランス語ネイティブ・レベルという、まさに少女マンガにでもでてきそうな男である。

さて

ある日のこと、S氏とランチの折に、フランスの体育の授業についての会話をした。

「フランスの学校で、体育の授業っていうのは日本とは違いました?」

「うん、フランスの体育の授業は日本とは違いますね」

「何が違うんですか?」

「日本の体育の授業って、今日はバスケットとして、次は陸上して、その次はサッカーして、っていう風にいろんな競技をローテーションしていく感じなんだけど、フランスの体育の授業はもっと、同じことばかりやってる感じでした。」

「どんな種目をやってたんですか?」

「いわゆる体操とか、陸上とか、が多かったかなぁ・・・・うーん、球技はなかったですねぇ・・・」

「体育で球技をしないの?」

「うーん、なかったですね。」

ふと、フランスは個人主義みたいな観念が頭に浮かんだので聞いてみた。

「もしかして、団体競技はなかった?」

「うん、水泳も個人競技だし、なかったですね。」

「フランスはサッカー強いと思うんだけど、体育でサッカーとかはしないんですか?」

「サッカーとかやる子は学校じゃなくて、市でやっているクラブみたいやつに入るんです。」


ふーん。フランス人の考え方として、

「学校がやるべき体育の授業っていうのは一定レベルまで身体を鍛えること」

であって、

「いろいろな球技の競技方法について教えること」

ではない、ということなのかなぁ・・・と思う。

でも、ということは

いわゆる団体競技特有の『スポーツマン・シップ』みたいなものはフランスでは教育すべき内容ではない、と判断されている、ということか!?


面白いと思えたら、クリックお願いします
にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

2008/12/01

進化論を信じないアメリカ人との会話

アメリカ人には、主として宗教的な理由からダーウィン進化論信じていない人が多い、という話が出ると、たいていの日本人は、

「なんて非科学的な」

というようなリアクションを示すのが普通だと思う。

かく言う僕もそうだった。

あるとき、進化論を信じないというアメリカ人と下記のような会話をした。

「キミは進化論が正しいと思っているね」

「うん、そうね」

「じゃあ、キリンがどうやって首が長くなったか、という命題について考えてみよう。これを進化論は説明できるか?」

僕は、昔見た理科の教科書を思い浮かべながらこう答えた。

「たまたま首が少し長いキリンがいて、そのキリンの方が首の短いキリンよりもエサにありつけるチャンスが多い、というような事象が繰り返されることで、キリンの首は長くなった。」

「よろしい。じゃあ、キリンの首についてはいったん納得しよう。」

「うん」

「じゃあ、今度はモモンガがなぜあのような翼をもつようになったのか説明してくれ」

「モモンガ?」

「そう、モモンガだ。元は、何かネズミのような生き物だった、とする。合意するかね。」

「うん。合意するよ。」

「じゃあ、キミの進化論の理屈によると、ネズミのうち、ちょっとお腹の皮がたるんだやつがより生存するということが繰り返されて、それがモモンガになった、という説明になる、ということか?」

「・・・・・」

「僕は、ネズミのお腹の皮がちょっとたるんでいて、でもまだ飛ぶには全然足りないようなやつは動きが遅くなるだけで返って生存率が下がると思うんだけどね、どうかな」

もちろん、僕にはこれに対する有効な説明はない。

この経験で思い知らされたのは、僕が「進化論が科学的に正しい」と思っていたのは、実は教科書で習ったことを記憶しているのみ、という非常に「非科学的」理由に基づいて、「自分は科学的に正しい」、と盲信していた、ということだった。

以来、僕は、進化論について何が正しいのかはわからないが、少なくとも自分自身の非科学的な盲信に基づいて「自分は科学的だ」と思いこむのはやめようと思うことにしている。




面白いと思えたら、クリックお願いします
にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ
にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

Copyright (C) 2008-2014 たまーむ All Rights Reserved