ラベル 東欧人 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 東欧人 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2009/12/29

ソフィアで信用できるタクシー

今は違うのかもしれないが、当時ソフィアの町を走っている車は僕の目からはポロが多いようにみえた。

東独トラバントとかがメインに走っており、通過後には石畳の砂ぼこりと排ガスが混ざった「ソフィアの香水」を作ってくれる。

そしてこの点はタクシーも例外ではなく、

「この車は途中で壊れないだろうなぁ・・・」

と首をかしげたくなるような外見のタクシーも少なくなかった。

公衆電話はほとんど全部故障しているし、故障して変なところに止まられたり、ボラれる恐れも大きいように思われた。

とはいえ、帰るにはタクシーをつかまえて空港に行くしかない。

ノボテルの前に停まっているタクシーを相手に料金の交渉を始めた。

「空港まで、いくらだ?」

すると運ちゃんはメーターを指さして

「メーター、メーター!!

 ノー、プロブレム~

 ノー、プロブレム~ 」


見るからの車はポロそうだし、このアインシュタインみたいな爆発博士ヘアの運ちゃんは、どうにもインチキくさい。

だいたい、何も聞かないのに「ノープロブレム」を二回も繰り返すような奴は何かあやしいに決まっている。

どうも怪しげなアインシュタイン・ヘアの運ちゃんから何とか、空港までの金額を先に決めてしまえないか苦心の交渉をしていると、ふと、後ろから日本語が聞こえてきた。

「日本の方ですか?」

あまりに場違いな日本語に一瞬何かの間違いかと思ったが、振り向くと

そこには黒ぶち牛乳瓶メガネの日本人の、おさげの女の子が一人立っていた。

「!」

おそらく聞いたこともないであろう日本語にさすがのアインシュタインも沈黙。僕も沈黙。

「お困りかと思って」

とわざわざ声をかけてくれた彼女は、ソフィアに一人留学しているのだそうだ。

日本人がソフィアに留学するときに学ぶものは、どんな内容なのだろうと思いつつ、沈黙したままのアインシュタインを尻目に、しばし日本語の雑談。

彼女は、おそらく久し振りなのであろう日本語の会話を心底、楽しんでいるようだった。

そして、

「この辺で信用のあるタクシーは、『2150』か、『2121』のOKタクシー、ということになってます。」

と教えてくれた。

ちらっと、アインシュタイン・タクシーを横目で見ると、明らかにOKタクシーではなさそうだ。

つまりアインシュタイン君のは、Not OKなタクシーだったっていうこと。

僕は、彼女の助言に従い、、『2121』のOKタクシーを探しあててソフィア空港に無事辿り着いた。

ずいぶん昔のことになりましたが、その節はお世話になりました。


ブルガリア旅行「リラに行く」終了


にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

2009/12/27

ソフィア; レストラン "ブダペスト" と フン族

ブルガリアのソフィアで、ハンガリー料理のレストランに行く。

店の名前は「レストラン・ブダペスト」。

とってもわかりやすい名前だ。

ウェイトレスさんはとっても、恰幅が良くていかついので男なのか女なのか、注文している間中ずっと、判断に迷い続け食べ終わるころに、どうやら女性であろうと判断することにした。

ということで、女性なので、彼女はウェイトレスさん。

パンとショプスキ・サラダとリゾット。それからメインがパプリカ・チキン。

パプリカ・チキンはピーマンと玉ねぎと一緒にくたくたになるまで煮込まれていた。


ウェイトレスさんは、店の紹介や料理の紹介をするたびに、ハンガリーのことを「フンガリー」と盛んに発音していた。

きっと日本語のハンガリーというのは発音がおかしいのだろう。もしかすると明治のころの誰かが「フン」という音感を避ける翻訳をして以後「ハンガリー」と称されるようになったのかもしれない。

それに"Hungary"をそのままローマ字読みして最初に得られるカタカナ変換はどうみても「ハンガリー」よりも「フンガリー」だ。

フン?

そういえばハンガリーの元は「ハン族」ではなくて「フン族("Hun")」と習ったぞ。

????? !!

やっぱり、「フンガリー」が正しいに違いない。

フンガリーのパプリカ・チキンは色も味もスブタを食べているような、とても濃厚な充実した味がした。





にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

2009/12/09

ブルガリア・「バナナの香水?」

レストラン・リラのトイレから出てくると、おじさんが待ち伏せしていた。

トイレから出てきたところで、わざわざ日本語を混ぜて声をかけてきた。

「バナナ・パフューム !!」

「はぁ?」

(バナナの香水?・・・・気色悪そう・・・)

と思ったのだが、物を見せながら再度、言われて誤解していたことが判明した。

彼は「バナナ・パフューム」と言っていたのではなく、「薔薇のパフューム」と言っていたのだった。

つまり、バナナの香水ではなくて、薔薇の香水。

・・・ずいぶんな違いだ。

画像で見たい方は下記リンクへお願いします。
 (はぁ、1年以上前の記事とようやくつながった・・・。このブログがなんとか続いているのはこういう未完の過去記事があって、途中放棄では納得できない気持ちがあるからである。)


ブルガリアのバラ香水のキャップ

ブルガリアのバラ香水のケース

この薔薇の香水、木彫りと薔薇の香水というブルガリア名物をミックスしたなかなかの名品と思うに至った。

が、しまい込んでいるだけで、薔薇の香りを放出させる機会は未だ来ず、写真を撮ったのみだ・・・。





にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

2009/11/11

ブルガリア・リラの町

リラの町はとにかく静かでのどかだった。リラはアルファベットでは"Rila"と表記する。

・道端でヤギを抱える子供

・馬車に乗るおじさん

・家々の軒にはぶどう棚

そして、ある家の煙突の上には、なんとコウノトリが巣を作っていた。



リラの町はとにかく静かでのどかだった。

僕は無言で車の窓に貼りついて、消えていく静かでのどかな町を見送った。




にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

2009/11/09

ブルガリア・「レストラン・リラ」

リラの僧院を出て、山を降りるとそこはリラの町。

マリアさんによると、リラの町には一軒のみレストランがあり、昼食にそこに行くという。

写真右手のビルがそれであり、車から見る限り屋根が傾斜していない唯一のビル的形状の建物だった。




入口をはいって、案内されたテーブルは屋外の川べりのテーブルだった。

もちろん、というべきか、他の客はいない。



メニュー
・白チーズのかかったショプスキ・サラダ
・羊の腸のスープ
・ますのフライ
・パンケーキ
・紅茶

羊の腸とは、どうやらスープの中に白いひだひだの物体のことらしい。
スープを食べ終わると、マリアさんが言った。

 「あなたはこれを食べた初めての日本人です。」

まあ、料理の話はどうでもいい。それよりもこの席から見える風景はこんな感じ。



聞こえてくるのは川のせせらぎだけだった。

お日さまの下で、山をバックに、のんびり食事。

僕には世界遺産「リラの僧院」よりも「レストラン・リラ」のあまりに非日常的な静かな食事の方が深く心に残った。




にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

2009/11/07

ブルガリア・リラの僧院(その2)

ガイドのアンナさんは、リラの僧院を評して、

「ここはコマーシャルなところだから・・・」

と言ったが、このタイミングでは僕らの他に訪問者はなく、ひなびたとしかいいようのないところだった。

マリアは僧院についての歴史や特徴・見どころなどの説明を一通り終わらせると、駐車場で待っていると言い残し、去って行った。

  wikipedia リラの僧院



リラの僧院では、本堂と塔が真ん中にあり、その周囲をつぶれた五角形の形に周囲を囲む3階建ての回廊がある。

そして、回廊を回っていくとここで暮らしていた僧ひとりひとりのための小部屋が並んでいた。

マリアさんによると、この3階建てはフロア毎に建築材料を変えており、それは主として重力軽減の目的によるものだ、ということだった。

つまり、
 三階; 木造
 二階; レンガ造り
 一階; 石造り
のようになっており、上に行く毎により軽い材料でつくられている。

もっとも床はすべてに木でできており、うぐいす張りもいいところで歩くたびにギシギシ音がした。



僕はそのうち三階の回廊を歩きながら、ふと、そのうちにこのフロアには観光客が入れなくなる日が来るのではないか、という気がして、写真を撮った。今もここに入れるのかはよくわからない。



回廊を回って地上に降り、本堂とは別に立っている塔の裏側を見上げた。

何やら壁に縦方向に溝がついている。マリアの言うトイレの跡ということらしい。

塔の正面一階には、写真のような売店があり、イコンなどを販売している。

この寺がもしコマーシャルだというのならば、この売店の存在以外にそうしたものは何もない。




にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

2009/11/05

ブルガリア・リラの僧院(その1)

リラの町を通過して、車はいよいよ山を登り、そして到着。

ガイドのマリアさんが言った。

「リラの僧院に到着です。こちらへ。」

門をくぐると特にハデにも見えない建物が見えてきた。



しかし、建物の中に入ると、壁も天井もフレスコ画で埋め尽くされていた。



本堂の内部正面は金色で、イコンが並んでいた。

金色の祭器が多数あったり、数々のイコンを整列させて配置させている様子は、高野山などの密教を思い出さされる。



このブログでは、これまで観光地や世界遺産等の写真を貼ることを避けてきた。もっといい写真を載せているブログがたくさんあるので意味がないと思っていたのだ。

が、どう検索しても「リラの僧院」についての日本語の記事・写真はあまり多くない。

なので、古くて質も悪いが、このすばらしい僧院の写真を貼ってみることにしたのである。




にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

2009/11/03

ブルガリア・「リラの僧院」へ出発

ソフィアでツアーを前日に申し込み、リラの僧院に行くことにした。これは世界遺産らしいのだが、当時の僕はそんなことは知らず、一番面白そうなツアーにみえたので申し込んだだけである。

さて翌日、案の定というか、他の客はなし。

運転手にスーツのおにいさん、これにガイドのマリアさんがついた。

ソフィアを出ると、車はすぐに「田舎」を走りだし、最初の(しかも最後となる)ガソリンスタンドに入り、運転手さんが黙ってセルフで給油した。



すれ違う車も少なく、僕らのようなセダンはさらに少ない。

緑の「まきば」の向こうに頂上に雪のかぶった山々が見え隠れし、ときどき馬車やら、牛やら、羊飼いたちが現れ、通過していった。

途中で、カフェにとまりコーヒー・ブレイク。カフェとは言ったものの、見ての通り看板もない。



もともと、ソフィアでも看板・広告の類をほとんど見なかったが、次第に自動車も見かけなくなり、シンプルな緑の野原に続く舗装道路で、ときおり馬車を追い越す、というようなドライブになってきた。




にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

2009/03/05

グロス・サラリーから税金はどのくらい引かれる?

ハンガリー女性Iは、アルゼンチン男Pと、ルーマニア女性Mと日本人の僕にこんどは、税金について聞いてきた。

「みんなは、グロス・サラリーから税金はどのくらい引かれるの?

 私の場合は30%よ。」


ルーマニア女性Mは伏し目がちに続いた。

「私も30%」

アルゼンチン男Pも当然のように答えた。

「オレは場合は、XX%だ」

僕はちょっと混乱しはじめていた。Pの返答内容もろくろく記憶にない。

「ちょっ、ちょっと待って。グロス・サラリーって何さ?」

ハンガリー女性Iがよどみなく説明してくれた。

「だから、まずグロス・サラリーがあって、これに税率を掛けて、それで税金が引かれるでしょ。

 それで、残ったサラリーが自分で使えるお金ってことでしょ。」


「・・・・・」

まず、自分の心の中で事態を整理する。

つまり、彼女の言うグロス・サラリーっていうのがいろゆる『年収』ってこと。

それでもって、自分で使えるお金がいわゆる『手取り』っていうやつだ。

それはいい。

でも、日本のサラリーマンで、

『年収 - 手取り』 の差として引かれているのは、いわゆる税金だけではないぞ????

いったいどうなってるんだ?



面白いと思えたら、クリックお願いします
にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

2009/03/04

産休 3年 !?

あるときアルゼンチン男Pと、ハンガリー女性I、ルーマニア女性Mと4人でレストランでディナーを囲んでいたときのこと。

ハンガリー女性Iが各国制度について、いろんな質問を投げてきた。そのうちの一つ。

「みんなの国では産休って、どのくらいの期間ある?」

アルゼンチン男P

「うちは、三か月だ。」

僕も答えた。

「日本では、六か月。」

すると、ハンガリー女性Iはこう言った。

「そうなんだ。

 ハンガリーでは3年よ。

 あなたもそうでしょ。」

振られたルーマニア女性Mも静かにうなづいて言った。

「うん。3年」

「・・・・・」

産休3年・・・・・

率直に言って、長くて驚いたけど、この話を言いなおして、

『子供が3才くらいまでは、終日母親が必要?』

って、聞かれたら普通、だれでも肯定するよなぁ・・・。




面白いと思えたら、クリックお願いします
にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

2008/10/09

すべてはオイルのため

留学寮にいたころ、あるチェコ人と会話をすることがあった。

チェコ人が言った。

「アメリカは、どの政治家が何のスピーチをしようと、結局、海外派兵については、オイルのことしか考えていない。どのスピーチのコメントもみんなインチキだ。」

「まあ、そこまで言い切らなくとも」

「やつらは、オイルが絡むときだけ、正義のような理由をつけてそうするんだ。」

「・・・・」

「アメリカは、『プラハの春』のときには来てくれなかった・・・」


これって、特に東欧人の間ではかなり広範囲に共有されている認識のような気がしてならない。


にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ←面白いと思えたら、クリックお願いします

2008/09/09

ノーと相づちを打つスロバキア人

留学寮にいたころ、あるときアメリカ人女性のギャビーがこんな話をしてくれた。

「昔、ちょっとだけスロバキアに行っていたことがあるの。」

「どんなところなの?」

「スロバキア語ではね、"Yes" という言葉が "ARNO" というの。」

「へぇ~」

「でね、正しくは "ARNO" なんだけど、ふだんは省略されて "NO" っていうの。」

「えっ、YesがNoなの!?」

「だから話をしていると、スロバキア人は "NO", "NO" って、相づちしてくれるのよ」

「えぇ~!!」

「これって、変でしょ。話をしていると、

 相手はニコニコしながら "NO", "NO" って。とっても変な感じだった」



にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ←面白いと思えたら、クリックお願いします

2008/09/02

ポーランド女性に完敗

あるとき、留学寮にいたポーランド女性マリアと、その場のノリで、なぜかそれぞれ自国語をコピーできるのかというゲームをすることとなった。

先行; 僕
「こんにちは、今日は雨が降っていてあまりよくない天気ですね」

コピー;マリア
「コンニチハ、キョウハアメガフッテイテアマリヨクナイテンキデスネ」

ほぼカンペキだった。強いてケチをつけると、ちっちゃい「つ」がやや不自然な気もするが、まあOKと認めざるを得ない。くやしいので、もう一回。

先行2;僕
「隣の客はよく柿食う客だ」

コピー2;マリア
「トナリノキャクハヨクカキクウキャクダ」

マリアには楽勝だった。じゃあ今度はマリアの番。

後攻;マリア
「∞♂§→▼●′≠÷←∩¶‡†√∂≡」

僕は、ボーゼン。
「・・・・・???」

何回、何を言ってももらってもカタカナ化はおろか、全く何を言ってるのかつかめなかった。

で、マリアは言った。

「本当は、私はマリアって名前じゃないんだけど、みんなが言いにくいみたいだから『マリア』にしているの」


にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ←面白いと思えたら、クリックお願いします

2008/07/23

プラチナなんて見たことない

観光旅行でブルガリアに行った時のこと。

首都のソフィアで、時間が余ったので現地で手配してツアーを頼むと、アンナさんと名乗る大変歌好きなガイドさんがやってきた。

アンナさんは、車の運転をせずにガイドに徹し、車の運転には別途サングラスの無口な男性ドライバーがやってきた。

世界遺産である「リラの僧院」に向こう途中の車の中で、アンナさんは一人で歌を歌いまくり、ときどき「あの山の向こうはコソボなの」などと説明してくれていたが、ふと、突然、結婚指輪に目を留めて聞いてきた。

「それは、もしかして、プラチナ?」

聞くと、彼女はプラチナなんてものは見たことがないし、身の回りに付けている人もいない、ということなのだった。

行き帰り道中のアンナさんとの会話で、後々までに一番印象に残った会話はこれだったかも。




にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ
にほんブログ村 海外生活ブログ 全世界情報へ

Copyright (C) 2008-2014 たまーむ All Rights Reserved