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2010/03/05

モロッコ; ヒコーキの替わりにタクシーに乗る(その3)

フェズ近郊の下町を出発したタクシーは再び広い道路を走り始めた。

(今度こそ、タンジェに向かって走り始めたに違いない)

と思ったのだが、実はそうではなかった。

しばらく見覚えのある道を走りつづけ、そしてタクシーは今度はその日の早朝に、プチ・タクシーで乗り付けた、グラン・タクシー乗り場に到着。

"◎△&◆$●%▽#"

運転士は、何かを一言女の子に告げた。

そして、助手席の女の子も含めた乗客3人全員を停止したタクシーの中に残して、運転手はドアを開けて出て行ってしまったのである。

(今度はいったいなんだ?)

今度は、僕らはフロントガラスを通じて、運転手がグラン・タクシー乗り場で待機している仲間の運転手達と立って談笑しているのを無言で観察することになった。

その間、約10分。

確かに運転手にとっても、このタンジェ行きは急に決まった予想外の仕事であり、しかもタンジェのような遠方までドライブするのは、先に仲間に告げておくべき、稀かつ危険な任務であるのかもしれなかった。

そう、女の子がわざわざ自宅に寄って母親に途中経過と無事を知らせたのと同じような、そんな同じノリである。




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2010/02/25

モロッコ; ヒコーキの替わりにタクシーに乗る(その1)

こうして僕らは、予定外にグラン・タクシーに乗ってフェズからタンジェに向けて旅することになった。

運転席; 数日前に口論した"あの"運転手
助手席; ティーンエイジャーに見える女の子
後部; メグミ、僕


のように灰色のベンツに乗り込み、フェズ空港を出発。

当然、僕は少なからず緊張していた。

(彼は僕らを覚えているだろうか? )

数日前の経緯を不快に覚えているのは当然として、僕らが同じ客であることがわかるだろうか? 

運転手から見たら東洋人などみんな同じに見え、区別がつかないことを祈った。

もっとも、フェズ滞在中に僕らは他の東洋人にほとんど出くわさなかったような気もする。

そして、助手席のティーンエイジャーの女の子。

走り出すや否や、女の子と運転手は仲良く現地語で会話を始めた。女の子はいきいきとしゃべり続け、運転手も愛想よく返事を返している。

(運転手は少なくとも彼女をタンジェに届けるのには違いない・・・・)

しかしそうこうするうちに突然、タクシーはメインストリートから細い道にに折れて入った。

(遠くタンジェに行くのに、なぜほとんど走らないうちにこんな路地に入るのか?)

周りは、どうみても下町としかいいようのない庶民的な街といった感じだ。

タクシーはもう一度道を曲がって薄暗い路地裏に突っ込み、そして運転手はエンジンを完全に停止させた。

つづく




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2010/02/09

フェズ; 大きなタクシーと小さなタクシー

一般的にフェズからタンジェまで、という移動にはヒコーキには乗らない。

距離も近いし、しかも直行便はない。

が、時間節約のために僕はフェズ-> カサ・ブランカ-> タンジェ という乗り継ぎを予約していた。

朝5:00に起きて、ホテルから飛び出しフェズ空港に向かうことにした。

早朝のフェズ新市街は結構寒く、しかも人がまばらで不気味だった。

タクシーを探してしばらく歩くと交差点の角に赤いプジョーの小型タクシーが停車しているのを発見!!

「空港に行きたい。空港につれてってくれ。」

とタクシー運転手のおじいさんに言うと、予想外の回答が返ってきた。

「これはプチ・タクシーだから、空港には行かれない。」

「はぁ???」

フランス語のかみ合わない会話をして、おじいさんの言うことを整理するとこういうことだった。

タクシーには二種類のタクシーがあって、プチ・タクシーとグラン・タクシーという区分がある。

おじいさんの赤いタクシーはプチ・タクシーであるので、空港のような遠方に行くことはできない。


「じゃあ、どうすれば空港に行けるんだ?」

「10DHで、オレがグラン・タクシー乗り場に連れて行ってやる。」

「わかった。グラン・タクシーのいるところに連れてってくれ。」

なんだか昔話みたいだ。

大きなタクシーと小さなタクシーがあるなかで、慎ましくも小さい方を選んだのに、イマイチいいことがない。




おじいさんの赤いプチ・タクシーで、到着したのはただの空き地にしか見えなかった。

空き地に、洗車するとクリーム色になるのではないかと思われるようなグレーのベンツが、狭い丘のような空き地に折り重なるように停まっていた。

確かにグラン・タクシーらしきベンツはあるが、オフィスのようなものは見当たらない。

(誰もいないじゃないか!?)

もしかしてこれでは、これでは空港に行けないのではないかという不安を感じつつ、気合いを入れて叫んでみた。

「タ、タクシー!!」

すると、目の前のタクシーの後部座席からむくむくと人影が起き上がり、毛布をかぶった運転手が中から現れた。

空港まで120DH。

どうやらこれは、舌切雀ではなかったようだ。

僕は「大は小を兼ねる」という言葉を思い出しながら、まばらに木が生えた野原という、空港までの道のりを東の空が白む中で車窓に見たのだった。




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2009/12/31

フェズ; サロン・ド・テのミントティー

フェズの青空はどこまでも青く、空のどの部分を見ても白い雲のかけらさえもなかった。


とにかく、日差しが強くて、乾燥していて、熱い、暑い、あつい・・・・のど乾いた・・・・。

ということで、少しも歩かないうちに街角のサロン・ド・テに入る。


注文はミントティー。

 中国緑茶 +ミントの葉数枚
      +多めの砂糖
      +かなり熱いお湯

写真の真鍮製のポットに入って出てきた。

そのままでは、熱くてつかめないいのでザラ紙が一緒についてきた。

これで取っ手をつかむらしい。

飲むと5分くらいはのどの渇きが止まる。




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2009/12/11

フェズ・タクシー料金の支払い基準で口論する

フェズ空港の写真を取って、セキュリティーに怒られた余韻がまだ残っている中、空港からフェズ市内に行くのに、タクシー乗り場へ行くことにした。

すると、タクシー乗り場で、飛行機で見かけたヨーロッパ人の白人青年が話しかけてきた。

「市内に行くなら、タクシーに一緒に乗らないか?」

こちらとしても話相手もできる上に、値段も下がるし大賛成である。

タクシーにはメーターがなかった。

まず白人青年が流暢なフランス語で値段を確認。

「市内まで120DHらしい。」

今度は念のためこちらも値段を聞いて確認。

「よし、120DHだ。」

しかし、振り返ると、これが後のトラブルの原因となる。

とにかく、白人青年と、メグミと僕の三人は、タクシーに乗り込みフェズ市内に向かった。

ほどなくして並木道も美しいフェズ新市内(フェズ・エル・ジュディード)に到着。



白人青年とは、3分の1である40DHこっちに渡してもらって、こちらからまとめて120DH支払いした。

すると、運転手がちょっと待てという。

そして、運転手が白人青年に、なにやら不満げにフランス語でまくしたてている。あまりに早いフランス語でこちらはついていけない。

(何かトラブっている・・・)

こういうときにはまず、タクシーを降りてしまうのが鉄則だ。

フェズ新市街の道路脇でタクシーを降りた、白人・運転手・メグミ・僕の四人はこうして並木道の下に立って口論を続けた。

どうやら、運転手は
 ・白人青年分   120DH
 ・メグミと僕の分 120DH

というように別々に120DHずつ、つまり合計240DH支払え、と言っているらしい。

「いいや、お前たちは別々に値段を約束した。支払え!!」

「それはおかしい!! タクシーの値段は人数で決まるものではない」

「だいたいお前たちは別々に来たじゃないか!!」

「いや、われわれは知り合いで一緒にフェズ観光に行くところだ」

  (これは本当はウソ)

「そんなに言うなら、警察に来い!!」

「ああ、かまわん。警察行くぞ!!」

「じゃあ、車に乗れ!!」

「いやだね。警察には歩いて行くぞ!!」

「車に乗れ!!」

「警察へは歩きだ!!」

こんな場面で彼の車に再び乗ったら、どこか知らないところに連れて行かれ、法外な値段を要求されて飲まざるを得なくなるのがオチだろう。

かくてこの口論を4人で約15分続け、最後には運ちゃんはブツブツいいながら退却していった。

一応、僕らとしてはメデタシということにはなったのだが、しかし、後でこの運転手には再び会うことになるのである。




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2009/12/03

カサ・ブランカのタクシー

Transaviaに乗ってカサ・ブランカに飛ぶ。

トランジットしながら日本から西に飛び続ける場合、時計を巻き戻し続けることになり、いつまでたっても寝られない。

モハンマドV空港の数列ある入国審査の行列に並ぶと、前のおにいちゃんが

「モロッカン・オンリー」

と言って、並んでいる場所が間違っていることを教えてくれた。

審査はなかなか開始されず、進まない行列に並ぶこと45分、何らの質問なしで入国完了。

そのまま空いたタクシー乗り場に行き、先頭のタクシーを捕まえた。

黒メガネの運転手は頭からフード付きのつなぎ(「ジュバラ」という)を着ていた。スターウォーズにそのまま出演できそうな感じだ。

しばらくの価格交渉の結果、ジュバラにいちゃんと、200DH("ディルハム")という値段で合意した。

ここまでは「想定の範囲内」だ。

モハンマドV空港からカサ・ブランカ市内間には結構な距離がある。もやのかかった夜空の下でオレンジ色の街灯のついた広い道路をすっ飛ばして走ることしばし。

道の両側には薄いアイボリーに統一された屋根が平らな四角い建物が続く。


やがてホテル前に到着し、車から降りて、約束の200DH("ディルハム")の支払いを始めた。

"ディルハム"紙幣になじみがないので、こちらはどうしてもいろいろある紙幣を何枚か出して、書いてある数字を見ながら渡していくことになる。

「えーっと、100」(100DH札を渡す)

「オーケー」

「これで、200」(100DH札を渡す)

「オーケー・・・

 エーンド、フィフティー!!」


(ん? なんで?)

運転手は再度繰り返した。黒ぶち眼鏡とジュバラに隠れて、どんな表情しているか全くわからない。

「エーンド、フィフティー!!」

「なんでさ。最初に200DH("ディルハム")で合意したじゃん。」

ジュバラに隠れているが、ちょっと彼の表情がひるんだ気がしたが、繰り返された。

「エーンド、フィフティー!!」

今度は、彼がひるんだ感触をとらえて、ちょっと強く出てみる。

「だーかーらぁー、200DH("ディルハム")で合意しただろ!」

彼はあきらめたように、手を振って車に戻りながら

「エーンド、フィフティー・・・」

つぶやいて去って行った。

余分なディルハム札を見せてしまったのがいけないらしいと反省したが、これがまだましな状況であったのは後から知ることになる。





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2009/11/25

グランド・バザールと現銀掛値無し

イスタンブールのグランド・バザールは、屋根付き市場である。

が・・・、歩いているのは外国人ばかり。ここでは絨毯とかのみやげものが売られているのであって、観光客をカモにするところなのだ。

「カモ」がくると、両脇からたちまち国籍を認識して声がかかる。

「コンチハ、アリガト」

「ミルダケタダネ」

「アナタ、ビンボウ? ビンボウ・プライス、アゲルネ」

はい、貧乏です、なんて思わず振り返って返事をしてしまいそうだ。


1.商談開始
 土産物になりそうな木の箱をちょっと、さわってみる。
 概念的には、客として何に興味をもっているのか示し、交渉開始となる。

2.プレゼンテーション
 すると店員が寄ってきて説明してくれる

 「コレ、ハンドメイド、ネ」

 ここで、商品がいかに優れ、製造が大変なのかを説明してくれる。
 これが究極に進化したのがカッパドキアでみた製造工程見学ツアーなのだろう。

3.見積要求
 「ハウマッチ?」

4.見積提出
 「US 20ドル」

 ついでにここで、「ビューティフル・ワークなどと言って、商品を自分でほめちぎる」

5.値引き要求
 「ディスカウント・プリーズ!!」

6.通常値引を提示

 「オーケー。アナタ友達ネ。

  コレ、アメリカ人、20ドル。

  アナタ友達、15ドル。5ドルタダね。

  コレ、ハンドメイド、ビューティフル。アナタ、トクネ。」

7.特別値引きを要求(=カウンター・オファー)
 ここでは絶対に数字を出さなくてはいけない。電卓に打つのがベター。

  電卓に7ドル とか押して出してみせる。

8.店側回答

 受けない場合は、基本的に同じ回答がなされる。

 「コレ、ハンドメイドネ。ホントは20ドル。

  アナタ友達、15ドル。5ドルタダね。」

9.商談不成立
 客は、特別値引きに対して店側が応じてくれなかったのを理由に、立ち去ることができる。

 「トモダチ!! アナタ!!

  ワタシ、キズツキマシタ!!」

 などと言ってくるが、彼らは決してキズついてなどいない。


個人別に需要と供給で価格が決定されるプロセスが忠実に実行されている、とも言えるが、いったい中東全体で毎日毎日、価格ネゴに費やされている時間と労力は大変なものである。

これでは一物一価であることを前提とした便利さは享受されないし、ネゴ上手二人がいくら上手にネゴしあっても、打ち消しあうだけでアウトプットは増えない。

これがカルチャーなんだろうなぁ・・・とも思うのだが、江戸時代に越後屋の始めた「現銀掛値無し」みたいな商法・商店は中東には出てこないのだろうか、と考えざるを得ない。

三越ホームページ・「現銀掛値無し」
http://www.mitsukoshi.co.jp/corp/history_qa.html



トルコシリーズ終了


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2009/03/02

週休1日、毎日午後2時半帰り

エジプト人・ダリアと会議に向う車の中で、僕はこんな話をもちかけた。

「日本から欧州の人に連絡しようと思う時って、いつも相手が夜だからなかなか連絡できないで不便なんだ。」

するとダリアはこんなことを言った。

「なるほどね。私たちはカイロにいるから時差の問題は少ないけど、曜日の問題はよくあるわ。」

「曜日の問題?」

「そう。中東では日曜日は普通に働く日なのよ。

 でも、日曜日に欧州にいる人になにか聞こうと思っても絶対無理。

 その替わりに金曜日はみんなお休み。

 中東では金・土休みで、日に働くのが普通なのよ。

 締切日の設定にはこういう事情もちゃんと考えてほしいわ。」


「ふーん。 金・土が休みで、同じ2日休むのでも曜日がズレてるんだね。」

「そう。でも、みんながみんな金・土が休みというわけでもないわ。

 たとえば、エジプトでは公務員は金のみがお休み。」


「じゃあ、公務員はあんまりだね。」

「そうでもないわ。

 確かに金曜日だけがお休みだけど、その替わりに毎日、帰るのは早い。

 公務員はだいたい毎日、午後2時半とかになったら仕事はおしまい。」


うーん、「週休1日、毎日午後2時半帰り・・・・」、ちょっと惹かれるなぁ・・・。



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2008/07/18

アップルチャイの値段交渉で腕をつかまれる

トルコに遊びに旅行をしたときのこと。

イスタンブールのお土産にアップルチャイというリンゴ風味のチャイを買って帰ろうとしていた。

アップルチャイは、ポーションが分けやすくて、しかもそんなにドギツイ味ではないので、一般受けする土産になるだろう、ということだ。

特に中東に行くとあまり、日本人から一般受けする丁度いいお土産はそんなに無い。
どうしても、味と見かけがあまり極端ではないものである必要がある。
例えば、ターキッシュ・ディライトという、グミみたいなもの〔?〕を職場に買って帰ったが、
非常に不人気だったことを思い出す。

しかも、小分けにしていろんな人に配るようにできていないものが多い。
こういう中で、アップルチャイの小箱は丁度良かったのだ。

で、帰る前日にイスタンブールのバザールの中の入り口に近いとある店で、目当てのアップルチャイの箱を発見したので、肌の白い背の高いに~ちゃんに値段を聞くと、数日前に聞いた記憶にある値段よりぜんぜん高い。

「高いよ」

「いやそんなことはない」

「でも、$10は高い。他ではもっと安かった」

「高くない。じゃあいくらだ」

「$10は高い」

「高くない。じゃあいくらだ。」

に~ちゃんはだんだん目がマジになってきて、いきなり腕でガシっと右手首をつかまれた。

しかも、すごい腕には力が入っている。こちらは、手首自体は締め付けられていないものの、ガッシリ抑えられているので右手は全く動かせない。

もう圧倒的に向こうの力が強く、もし向こうがキレたら、どうにもならないのを感じた。

結局、この店のに~ちゃんには、「わかった。じゃあ、入らない」といって腕を放してもらって、その場を立ち去った。

でも、何か腑に落ちないものが心に残った。

チャイの値段交渉を、通行人の多い屋根付きバザールの真ん中でやっていただけなのだ。
そんなに自分に非があるとも思えないが、なんで彼はこんなにマジギレしていたんだろう???
しかも、何か彼から義憤みたいな、単なる値段交渉とは違う何かを感じた。

彼とのやり取りを思い返した。
で、後からした僕の解釈はこうだ。
・彼は、10ドルというオファーをした。
・僕からは値段を一回も言わなかった。
・にもかかわらず、僕は「高い」と言い続けた。

つまり、彼はきっと『買う値段をまったく言わずに、彼のオファー価格を高いと言ったこと』は、彼のカルチャーのコンテクストではそういう行為は卑怯であり、かつ理不尽であると感じで怒っていた、ということなのだろう。

こんなわけで、中東で価格交渉される際には、数字の大小にかかわらず、まずとにかく値段をいうことをお勧めする。





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