事務所から倉庫までトラックも通れる屋外の舗装道路を約30メートル。
「こっちこっち!!」
「はい、ちょっと待ってください。」
急いで長靴の一番下まで左足をなんとかねじ込んで続いた。
扉のあいている倉庫からはすでになにやら生まれてこのかた嗅いだことのない、いいようもない独特の生臭い匂いが流れている。
Sさんは倉庫のドアの横に立ってこちらに言う。
「以前にな、Kっていう名前の取引先の課長が来たんだけどな、そいつはここから中に一歩も入れなかったんだ、あっはっはっはは!!」
声は笑っているのに、こころなしか顔はそうでもなく、僕を試しているかのようだ。
僕は促されて、倉庫の入り口から一歩、中に入って思わず息をのんだ。
「・・・・な、なんだ・・・・これは・・・」
小学校の体育館のような大きさの倉庫、その中に高さ3メートルくらいまで重ねてつまれた牛の皮。
倉庫の反対側の窓からの光でシルエットを作り、否応なく僕の目を奪ったのは頭上を飛ぶ虫だった。
牛の生皮の山の上から天井までの空間には、ものすごい数の羽虫が、大小入り乱れて、渦をつくって同時に右まわりにも、左まわりにもブブゥゥーンと何重層もの低音を響かせて、ランダムに旋回をしていた。
「う・・・・」
そして、倉庫の中に剥きだしなっている鉄骨の梁や柱には、古いのものの上に新しいのものが何重にもめぐらされたような隙間のないクモの巣と、そうしたクモの巣にかかった羽虫たち。
「・・・・・」
なにか言おうと思ったが、一言も出ない。
ふと気がつくと倉庫の中では外よりも一層、独特の匂いが強くなったが、頭上の羽虫の大群の方が気になる。
羽虫の飛び交う上を見ながら、Sさんに続いてもっと中に入ろうとした時。
「おい、上ばっかり見てないで、足元にも気をつけろよ!」
Sさんに指さされ、自分の足元を見ると茶色い色の水たまりが迫って来ていた。
水たまりを目でおっていくと、どうやら水源は牛の皮の山から来ている。
「ここの床は滑りやすいからな。」
そういいながら、Sさんは無造作につかつかと皮の山に近づいて、手をかけてひらりと皮の山に飛び乗っていた。
つづく
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