Sさんが、重なっている一番上の仔牛の皮を、無造作に素手でつかんでさっとめくったその時だった。
ざわざわざわざわ・・・・
ざわざわざわ・・・・
急に光が入ったその瞬間に、皮と皮の間に巣くっていた無数のウジ虫がうごめいたのだ。
が、Sさんの目には虫などまったく目に入らないかのようだった。
「な、裏側には毛が生えている。」
なるほど、めくって裏返った皮を見ると、ホルスタインのような白黒模様の毛がはえている。
「仔牛の方が色が薄いけど、皮としては肌理が細かい。
比較のためにこっちも見て。」
といって、隣の山の皮をめくった。
ざわざわざわざわ・・・・
ざわざわざわ・・・・
「ね。やっぱり仔牛の方がいいでしょ。この下はどうなってるかな。」
ざわざわざわざわ・・・・
「うん、いいね」
ざわざわざわざわ・・・・
「うん」
ざわざわざわざわ・・・・
「いいね」
ざわざわざわざわ・・・・
「このあたりはまだ品質に問題ないね。
常温でいいといってもさすがに数カ月するとね、ダメになってくるんだよ。」
Sさんは自分の扱う商品の品質を確認し、僕に「いいでしょ」と説明するあたりは誇らしげにさえ見えた。
羽虫が飛び交おうが、イモムシが動こうが、彼が守るべき品質には関係ないのだ。
僕は最後に事務所に戻ってSさんに言われた言葉を忘れない。
「世の中のブランド・バック好きの女、全員に見せてやりたいね。
バックだろうか、ブーツだろうが、皮製品はすべてコレから始まる。
例外はない。」
おしまい
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