ボルドー駅インフォメーションでは英語が全く使えなかったので、僕はとりあえず駅のホームに入った。
掲示板には駅に発着するいろいろなSNCF電車が行先別に出ている。
が、行き先の地名がわからん列車ばかりで、ローカルなのか、幹線なのかもわからない。
しばらく見ていると、はっきり中身のわかる電車を発見した。
"Paris"、"TGV"
などと書いている。これなら僕にもわかる。唐突だが、これに乗ることにした。
だいたい予定外にマルセイユ経由、ボルドーにやってきたがそもそも僕はパリに行くつもりだったのだ。
案内に出ているホームに行くとオレンジ色の流線型の電車が止まっていて、側面にTGVと書いてある。
ちょうど、見知らぬ夫婦が先頭車両をバックに写真を撮っているところだった。
手元にあるユーレイルパスの裏をひっくり返して読んでいくと、あまりはっきりしないがこのチケットでTGVにも乗れるようだ。
適当な車両に乗り込み、入って2、3列目の空いている席に適当に座った。
ほどなくして、TGVは発車。
確かに早い。
でも、線路も地面も平らでまっすぐだ。この環境で新幹線と速度比べをするのは不公平かもしれない。
などと思っていると大柄なフランス人車掌が入ってきて、一人一人の検札をはじめた。
僕は、やってきた車掌に無造作にユーレールパスの紙の束をバサッと手渡した。
車掌はチケットの束をひっくり返して眺めて、なにやらフランス語で話かけてきた。
当時の僕はフランス語が全くわからなかったから、車掌が何を言っているのかちんぷんかんぷんだ。
が、なにか僕にとって都合の悪いことが起こっているのは明らかだろう。
しかも、金を払えといっているようだ。
車掌の言っていることは全くわからなかったが、どうも90フランと言っている。
結構な大金だ。しかも支払ねばならない理由が不明だ。
そこで僕は立ち上がって、車掌が持っている僕のユーレールパスの裏をひっくり返して、TGVに使えると書いてあるところを指して、英語で言った。
「見てくれ、ここに、このチケットは、TGVにも使えると書いてある」
すると車掌は該当部分をたどたどしく読み返し、フランス語に戻って何やら言い始めた。
やっぱり90フランを支払えといっているらしい。
しかし、そんな大金を理由もわからんまま支払わけにはいかない。
8割くらい席の埋まっている状況でまわりの乗客を振りかえって、叫んでみた。
「誰か英語はできませんか?」
しかし、このフランス人がもっとも嫌いそうなセリフは、丸無視され、まわりの乗客は誰ひとり、表情ひとつ変えず、静かに座っていた。
しかたがないので、とりあえず英語で再び言い返す。
「このチケットは、TGVにも使えると書いてある」
こうして車掌と僕は、高速走行するTGVの車内で、英語とフランス語のかみ合わない言い争いを際限なく続けた。どうせこっちはヒマ人だし、訳も分からず金を払うなんてまっぴらだ。
なんならパリまでこのまま続けてやろうと思った。
言い争うこと15分。
どこかからか、終わりそうもない言い争いのうるささにうんざりしたのか、赤いシャツを着た一人のおじさんが間に現れた。
赤シャツのおじさんは英語でこう言った。
「よろしい。僕が説明してあげよう。」
「はい。ありがとうございます。」
「あんたは、予約をしないでこの電車に乗っている。だから、予約なし乗車の罰金を支払わなきゃいけない。罰金の金額は90フランだ。」
「はぁ、そういうことですか」
そう説明されてしまうと支払いしないわけにはいかない。いまいましいが、払えるくらいのフランを持っていた。
罰金を支払い、そのまま座ろうとすると、そこはだめだという。
赤シャツおじさんが再び言ってくれた。
「そこは予約があるから、座ってはいけない。替わりに向こうの席に座れって。」
こうして僕は罰金を支払って、TGVに乗った。
パリで下車すると、再び赤シャツおじさんが近づいてきてちょっと雑談してくれた。
おじさんは、フランス人ではなく、ベルギー人だった。
僕は赤シャツおじさんの好意に感謝を伝え、深くおじぎをして見送った。
それにしても
「誰か英語はできませんか?」
と僕がまわりの乗客に頼んだときに、この英語がわかった人は周りにもっといたに違いない。
あのときに乗客たちが一人残らず、表情ひとつ変えず座っていた光景を僕はきっと生涯忘れない。
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