イタリア人青年に防犯指導を受けた翌日、僕はコンパートメントに鍵をかけることを気にかけながら、ミラノからパリにいくクシェットを取り、コンパートメントの中に入った。
クシェットのある客車の横には"SF"と書いてあるが、これは本当はFSと読みイタリア国鉄を意味するものらしい。
クシェットに用意されていた毛布は、紙でできていた。
数日前に乗ったフランスSNCFでは薄くてもちゃんと毛布だったのだが、イタリアではこの毛布でさえも取られてしまうから紙製なのか?
イスを変形させて3段ベットが両側に出来上がることになるので、コンパートメントには最大6人入れるのだが、ここでは5人だった。
僕の他は、フランス人の女性が二人。それから反対側には無口な東洋人のカップル。
そういえば、クシェットのコンパートメントでは男女を分けるようなことはないらしい。
東洋人のカップルは、おみやげらしきものが入った袋を2つ3つ持っていた。見たところハネムーンに見えるが、どういうわけか極端に無口で、同じ東洋人の僕との交流は全く望んでいないようだった。
他方で、フランス人女性2人のうち一人は英語ができ、ミラノ在住の彼女はとても積極的に話かけてきた。
「こういうときにはやっぱり英語が使えるのよね。
私思うんだけど、世界の共通語は英語であるべきだとおもうわ。」
僕は、フランス人からこういうコメントが出てきたことにやや面喰っていた。なにしろ数日前にフランス語ができなくて、罰金を取られたばかりである。
「英語は、しかも効率的だと思うの。」
「・・・何か例がある?」
「たとえば、電気製品の説明文はたいてい英語が一番短いわ。」
「・・・・・うん」
こんな会話をしている横で、東洋人のカップルは小声で何かをしゃべっていた。どうやら中国語のように聞こえた。
「それに比べると日本語とか中国語とかあんなに文字数があるのは無意味よ。
少なくとも外国人が学ぶ必要はないわ。
だいたい日本語には何文字あるの?」
「普通に読むには、漢字はだいたい2千くらい必要かな。」
「ほら。英語はたったの26文字よ。はるかに簡単だわ。」
そうこうするうちにノックがあって車掌がやってきて、今まで座っていたイスを変形して3段寝台をセットしてくれた。
それに、もう一つ重要なことに、この列車は夜のうちに、国境を越えてフランスまで行くので、車掌は先にチケットやパスポートを乗客から預かっておき、翌朝、国境通過後・下車前に車掌からパスポートを返してくれることになっている。
車掌に従い、僕、フランス女性2人組とチケットとパスポートを渡したあと、東洋人カップルの男性がカバンから2通のパスポートを出したのが見えた。
ん!!
東洋人カップルの出したパスポートは間違いなく赤い日本のパスポート。
「・・・・・」
車掌が去ると、再びミラノ在住の彼女が言った。
「車掌が行ったから、カギを掛けてくださる?」
「オーケー」
ガチャ。
そうだった。これが大事なんだった。東洋人のカップルはもうクシェットのカーテンを閉めていた。
「そういえば、向こうの東洋人2人は日本のパスポートだったよ。」
「じゃあ、あなたと同じ日本人なのね」
「いや・・・さっき話した声は日本語には聞こえなかったような気がする、よくわかんないけど・・・」
彼女は気軽に答えた。
「じゃあ、きっと方言なのね。
イタリアでも一応標準語ってあるけど、やっぱり方言の差があって、南と北ではぜんぜん違うもの。」
「・・・・・」
僕らは適当に会話を打ち切り、それぞれクシェットのカーテンを閉めて寝た。
事件は夜半におきた。
(次回; 隣の客は偽パスポート)
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2 件のコメント:
続きが気になります。
さあ、どういう展開になるのでしょうか(ドキドキ・・)
ありがとうございます。
別にアクション小説ではないので、実はご期待されるような大した話ではない、のではありますが・・・・。
といっているうちにもうすぐ更新します。
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